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日本の「地域医療」が成功するためのキーパーソン、キーファクターは? 全自協 邉見会長に聞く

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2016年02月16日 PM01:30

公益社団法人 全国自治体病院協議会会長
邉見公雄先生

「日本の医療は全治10年」

これは、全国約900の自治体病院を束ねる公益社団法人 全国自治体病院協議会会長 邉見公雄先生が2010年頃のインタビューで繰り返し述べていた言葉だ。以降、総務省による公立病院改革ガイドラインの策定に代表されるように、文字通り「メスを入れ」てきた一方で、消費税3%アップなど、さまざまな問題が医療を揺るがしてきた。そうしたなか、2016年の診療報酬を巡る論議でいよいよ、地域医療が大きな岐路に立とうとしている。ローカルセンターとして、自治体病院は今後どうあるべきか、そして、日本の医療はどこに向かうのか、診療報酬改定の議論が大詰めを迎えていた1月末、邉見先生のもとを訪ねた。

良い医療を提供する病院ほど損をする仕組みに

――「日本の医療は全治10年」から約5年が経過しました。日本の医療は回復に向かっていますか?

ちょっと危ないかもわかりませんね。診療報酬は下がる一方、またその配分も、まだまだ診療所での医療に重きを置かれ、病院は外れています。加えて、消費税の導入が“全治”を遅らせています。病院は患者さんのために良い手術設備や環境を整備しようとすればするほど、消費税がかかっていく。一方、診療所では1人でも多くの患者さんを診ることで報酬が上がっていく。このアンバランスを何とか是正しなければなりません。

評価できるのは、チーム医療の評価、それと麻酔医や放射線科医、病理医などのレセプトに出てこない“縁の下の力持ち”の医師たちが評価され始めたことですね。彼らは医療安全の基本を担う重要な役割でありながら、これまでキチンと評価されてきませんでした。臨床医の的確な診断・手技ができるのも彼らの働きがあってこそ。

医師の向上心と責任感が日本の医療を支えていた

私は常日頃から「我が国の国民皆保険制度は和食よりも先に世界文化遺産にすべき」と主張しています。「いつでも」「誰でも」「どこでも」「何回でも」高いレベルの医療が受けられる。これは世界に誇れることだと思います。ちょっと最後の「何回でも」は微妙なところですが(笑)。

それを支えているのは、勤務医の向上心と責任感です。それが今、危機を迎えています。国民皆保険制度が機能した背景は大きく3つあります。1つ目は財源を形成する経済が右肩上がりで成長を続けたこと。2つ目は日米安保のおかげで軍事費に回すお金を社会保障費に回すことができたこと。3つ目は「心」の問題です。医師を志す者は医療で儲けようとは思わなかった。また、患者も法外な要求はしなかった。「無茶は言わんで、仲良くやりましょう」という良識があった。ところが今、この3つが全て危なくなっていて、勤務医の向上心と責任感は限界に近づいています。

今回の改正で“なんちゃって7対1”があぶり出される

――そうしたなかで、次の診療報酬改定の議論が大詰めを迎えていますが

一番しんどいのは、7対1の急性期病床の削減でしょうね。私はもともと“なんちゃって7対1”が増えることを危惧していて、病院全体ではなく病棟ごとにしなさい、と提案していたのですが、厚労省などが反対して変更されなかった経緯がありました。ところが今になって、「財政がしんどいから削減する」と。これは医薬制度の混乱と消費税非課税導入と併せて、厚労省の“オウンゴール”だと思っています。

加えて、お題目のように唱えられている「地方創生」にも逆行しています。看護師がこれだけいないと点数つかないとか、栄養士がいないと減算するとか、どれだけ地方が人材確保に難儀しているのかが分かっていません。医療と教育が無かったら、その地方は滅びます。どちらかが欠けてもいけません。本当に地方を大切にしたいのなら、地方のことをもっと良く知って、医療が根付きやすい政策にして欲しい。

地域医療が成功するためのキーパーソンとは

――地域医療のあるべき姿とは

地域包括ケアの中心には、やはり地元の医師会が立つべきですね。予防注射などで地域医療の最前線に立っていた実績もありますからね。そして、金もうけ主義でない公共の中核病院と一緒になって進めるべきだと思います。

地域医療が成功するためのキーパーソンは4人。1人目は総合診療医です。お年寄りになると、さまざまな症状が併発します。そうした患者には、専門医ではなく何でもできる「なんでも屋さん」の総合診療医が適任です。2人目は特定行為のできる看護師です。医師が毎回訪問診療していたのでは、お金も時間もかかってしまいます。医師が包括指示を出した範囲で、フレキシブルに行動できる看護師が求められます。そして残りの2人は、在宅医療の中心を成す薬の専門家である薬剤師と、普段の生活の栄養状態を支える栄養士です。

薬剤師はチーム医療のキーパーソンとしての自覚を

なかでも薬剤師は「チーム医療のキーパーソン」です。医師に次いで専門知識があるうえ、患者さんに対して中立的に接することができる立場です。医師はどうしても我が強くなりがちで、看護師はどうしても控えめになりがちですから、その点、薬剤師はちょうど良い(笑)。ただ、これまでの薬剤師は患者よりも薬のことばかり見ていた節があります。

中世の薬剤師は、薬を作る作業にも時間をかけていました。現代はもう既に薬が製品化されていて、調剤もオートメーション化が進んでいるのですから、もっと患者を診てほしいですね。最近では、処方箋に患者の検査値を印字するところが増えてきましたが、それだけでは不十分で、院内で注射された薬の情報なども記載すべきだと思います。東京女子医大でハイリスク薬を院内処方に戻すなど、医薬分業を止めるところが増えてきているのは、そうした、医師と薬剤師のコミュニケーションロスが患者のためにならないとの判断も理由にあると思います。

製薬企業は「医療界の核」になるくらいの自負心を持て

――地域の時代に製薬企業は何をすべきか

まずは、本来の姿に戻って欲しいですね。「得になることをするのではなく、世の為になることをする」が製薬業のあるべき姿です。薬師(くすし)は職業としての医師よりも歴史が古いのですから。医療界の核となるような、自負心をもって取り組んでほしいですね。コンプライアンスも大事ですが、受け身の姿勢ではなく、進んで社会貢献に取り組んで欲しいです。

“恕”(おもいやり)の精神が重要

――これからの医療人に必要な「心」とは

私のいる赤穂市民病院のアイデンティティーでもあるのですが、“恕”(おもいやり)の精神が何より大事です。自分がしてもらいたいことを患者さんに対して行う、という気持ちですね。「収益増加のために、この注射をしておこう」なんて発想はもってのほかです。まずは患者さんをおもいやった“恕”の診療をし、そのような良い医療をした結果として、病院は経営が安定する、そんな医療政策を厚労省には進めてもらいたいですね。

■邉見公雄 先生
医学博士。1968年京都大学医学部卒業。大和高田市立病院、京都逓信病院などを経て、1978年 赤穂市民病院外科医長に着任。1987年~2009年 病院長。現在、全国自治体病院協議会会長のほか、赤穂市民病院名誉院長、厚生労働省社会保障審議会 医療部会委員並びに医療分科会委員、関西広域救急医療連携計画推進委員会 委員などを務める。また、地元赤穂の魅力を伝える赤穂観光大使としての顔も。

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