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呼吸器外科医が目指すべき医学、 医療への貢献と未来像

読了時間:約 4分59秒  2023年05月23日 PM06:18
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提供:中外製薬株式会社
呼吸器外科医が目指すべき医学、 医療への貢献と未来像/吉野 一郎 千葉大学大学院医学研究院 呼吸器病態外科学 教授、千葉大学医学部附属病院 呼吸器外科 教授

呼吸器外科医を取り巻く現状

 これは呼吸器外科医のみならず全ての医師に関わってくることですが、2024年4月から始まる「医師の働き方改革」1というトップダウンの大改革を抜きにして現状は語れません。「患者さんや自分の修練のためには長時間労働が当たり前」との考えを改め、医師の労働時間を段階的に一般労働者並みにしていくことを目指した改革です。医師の心身の負担軽減が期待されるものの、診療レベルや医師の能力の低下、なかでも特に研究力の低下が懸念されています。

 このような状況ではありますが、外科の修練という面では、近年は手術動画や3Dモデル、3Dシミュレーターなどの、いわゆるoff-the-job trainingのための教育コンテンツが非常に充実してきていますし、ウェットラボなども身近になってきました。これらを利用することで若手医師の技術修得効率は私が若い頃と比べると飛躍的に上がっていますので、働き方改革が進むなかでも、医療の質を落とさないよう努力できる環境にあると思います。

 呼吸器外科に特有の状況としては、肺がんを中心とした対象疾患の増加に伴う手術数の増加があげられます。日本呼吸器外科学会の会員数は20年前と現在とでほぼ同数ですが、手術は2倍に増えており、なお増加傾向です。手術の内容も胸腔鏡が一般的となり、ロボット手術やVATSが導入され、さらに新規の導入療法も呼吸器外科領域に入ってきており、より難易度の高い手術も増えていくことが予想されます。周術期治療も選択肢が増えますので、薬物療法に関する知識も必要になってきますし、関連診療科はもちろんのこと、多職種との連携も必須になります。呼吸器外科というスペシャリストであるとともにチーム医療の中心としての業務も増えていくということです。

 このような厳しい環境において診療・教育・研究の体制を十分に維持し発展させていくためには、その方策を一つひとつ探っていかなければなりません。以下、具体的に述べていきたいと思います。

診療の質の向上にはチーム医療の進展が鍵

 診療の質の維持・向上には、複数の診療部門や診療科、職種によるチーム医療を今以上に進めていくことが1つの鍵になるでしょう。それぞれが一定レベルの役割を担い、各人の知識や時間の不足を補い合うことができれば、就労時間の短縮や安全レベルの維持を図ることができるようになります。ただ、そのためには病院もある程度のコストを支払わなければならないでしょう。また、すぐには難しいかもしれませんが、将来的には施設の集約化などによって人員の豊富なチームを作り、多くの症例に対処しながらもいつでも休養が取れる体制を構築していくのが理想的です。

 ただし、「手術をしたら、後は内科医や放射線科医にお任せ」という態度では患者さんに対して不誠実です。患者さんにとって手術を受けるということは人生において最大のイベントの1つになります。そのような状況下で主治医が何度も交代するような事態は望ましいことではありません。その点を忘れずに、患者さんにとって最初の主治医であることの多い呼吸器外科医が、患者さんとの良好な関係を保ち続けられるよう努力することも重要です。

安全・確実な手術手技の習得が絶対条件

 われわれは外科医である以上、安全で確実な技術を身につけることが絶対条件です。医療安全に対する国民の意識は年々高まっており、医療者、特に外科医にとってはより高い安全性が求められる厳しい時代になってきています。しかしながら、呼吸器外科医は手術の特性上、どうしても患者死亡のリスクを抱えています。ですから、日々の修練と学会などの取り組みを活用した自己研鑽を生涯積み重ねていくことが必要とされます。そのような裏付けによって呼吸器外科医は早期肺がんの局所療法を担うことができますし、安全で低侵襲な手術であれば集学的治療の一翼を担うことができます。われわれがレベルの高い外科医療を提供し続けることで、やがては「手術の絶対目標は根治」という時代から「手術は安全・確実・迅速な局所療法」として捉えられる時代に変わっていくものと考えています。

学会活動を通じて若手に活躍の場を

 学会にはそこに集う人の意欲や熱意を高める力があり、後進の育成においても大きな役割を果たせるものと考えています。また、呼吸器外科領域の進歩には世代交代のサイクルを回していくことが不可欠です。年長者がいつまでも高い位置に居座るのではなく、若手に活躍する場を与えて引き上げていく努力をすべきです。このような考えにもとづき近年、関連学会において若手医師を対象としたさまざまな取り組みがはじまっています。

 現在私が理事長を務める日本呼吸器外科学会では、日本胸部外科学会と共催で「呼吸器外科サマースクール」を毎年実施しています2。これは学生と研修医を対象として、ハンズオンの手術教育を通して呼吸器外科について知ってもらい進路として考えてもらうためのイベントです。1泊2日の日程にもかかわらず例年100名近くが参加し、実際に入会に至る方も多くいます。他にも、もともと2018年に有志が立ち上げたUnder 40の呼吸器外科若手医師の会、通称「NEXT(Network of Exploration for Thoracic Surgeon)」という活動があるのですが、現在は日本呼吸器外科学会がこの活動を若手教育部会として正式に支援しています。

 また、日本胸部外科学会ではUnder50を対象として次世代のリーダーを育成するための事業「JATS-NEXT」を2022年に立ち上げました。対象者には自らミニ学術集会を企画・開催してもらうなどの斬新な取り組みを現在検討中です。日本肺癌学会でもUnder45を対象として、国際的に通用する人材を発掘し育てる「肺癌プリセプターシッププログラム」という勉強会を2017年より毎年開催しています。

大学で自己研鑽に取り組む

 大学医局は若手医師の自己研鑽の場として重要な存在です。一例として当科の取り組みを紹介します。当科では医療機器メーカーの協力を得て毎月1〜2回の頻度で「手術ラボ」を行っています。学生と研修医だけではなく専攻医や指導医も参加して、ブタの内臓や3Dプリンターの肺モデルを用いた肺切除や胸腔鏡のトレーニングに自発的に取り組んでいます。また、ご遺体を使って手術手技に必要な解剖を学ぶアナトミー・ラボも年に2回ほど実施しています。毎週の論文抄録会や日々の症例検討会では技術面だけではなく知識面の向上も図っています。

研究における呼吸器外科医の役割

 診療、教育、研究のなかで、研究は最も厳しい環境にさらされています。熱意、能力、資金、指導者、環境など必要な条件は多くあります。しかし、それでも先人達が敷いてくれたレールを未来につなげるために、新しい医療へ挑戦し、最新の研究を続けていくことが必要です。

 例えば分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬のような画期的な薬剤を用いた集学的治療の日常診療への導入や新規治療の開発において、呼吸器外科医には大きな役割があります。またJCOG0802/WJOG4607L3で得られた“Less is more”というコンセプトをさらに突き詰めるには、肺という臓器の生命活動における役割を明らかにする必要がありますが、それには常に肺を切除しているわれわれ呼吸器外科医が取り組まねばなりません。つまりSurgeon scientistとしての呼吸器外科医が今ほど求められている時代はないのです。

残された将来への懸念

 ここまで、呼吸器外科の将来の発展に向けた方策や見解について述べてきましたが、やはり間近に迫った働き方改革が将来的に人材育成の足枷になってしまわないか懸念しています。

 私たちの年代では、医師、教育者、法律家は聖職者と同様に、高い技量や見識をもって社会に奉仕しなければならないと教わったものですが、今、そこが問われているのだと思います。医師も法律上は「労働者」と規定されてはいますが、決められた時間だけ働いて賃金をもらい1日を終える―、学会は単に専門医・認定医を取るための仕組みでしかない―、という考え方では日本の医療や医学の凋落は避けられません。30年前、私が米国留学した際には、明日のエリートを目指して睡眠時間を削ってまで努力するハードワーカーに多く出会いました。全体からみれば一握りの存在に過ぎないかもしれませんが、その一部のエリートたちが米国医療の発展の推進力になっていると感じたものです。したがって、日本でも一律に労働時間を制限するのではなく、そのような熱意や才能のある若者が活躍できるような環境が必要だろうと思いますし、そうすることで全体のレベルが押し上げられていくものと考えています。

外科医にとっての幸福とは

 私自身は、昭和の高度成長期に育ち、バブル期に医師となり「24時間働けますか」というテレビコマーシャルが流行っていた頃に修練した世代ですから、手術をしたら病院に泊まり込み、実験は徹夜で、というのが当たり前の時代でした。家族には迷惑をかけたな、と今さらながら心が痛みますが、私が教授になってからは流石にそれではいけないと思いましたし、これからは法的にも規制されますから、いかに後進にやる気をもって自発的に診療や研究に取り組んでもらえるのかを考えるとともに、後進自身にも自己研鑽し続けることの意義を感じてもらい、それが生きる糧になるように指導できなければいけないと思っています。

 数学者にしてノーベル文学賞を受賞したバートランド・ラッセル先生は、著書の「幸福論」4のなかで、余暇や趣味も人生には大切だが、創造的な仕事をすること、多くの人から感謝されることが人生最大の喜びだと述べています。すなわち、われわれが生業としている「手術」という自らの技術で病気を治して感謝されること、「研究」により新しい治療法を探究し成果を発表して評価を得ることなどは正に人生の幸福につながると私は信じています。

 また、2022年の夏に亡くなられた企業経営者の稲盛和夫さんは、ご自身の著書「生き方」5のなかで、「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」と述べています。能力や熱意は0点から100点まであり、掛け算で補い合えるものですが、考え方は−100点から+100点まであり、これがマイナスだと能力や熱意があっても良い結果にならないため、考え方が最も大切だと述べています。さらに、自分や家族も大切だが、世のため人のための仕事をしようという崇高な考え方が最も成功への近道だとも述べています。

おわりに

 肺がんはもともと手術でしか治せませんでしたが、この20年間ほどで薬物療法が大きく進歩し、手術以外の選択肢も考えられるようになりました。現役の臨床医としてそのような時代にいられることを非常に幸せに感じます。この幸せを糧にして今後も高い志を失わずに頑張れたらと思いますし、そのような価値観を若い人とも共有できるようにしていきたいと考えています。

 私は年齢的にあと数年で学会の重要な職務や教授職を退くことになると思います。ですが、そうなっても何かに向かって目標を立てて挑戦している自分でありたいと考えています。もちろん、そのときにならないとわかりませんが、自分に与えられた職務・職位の範囲で、医療界、医療者に少しでも貢献できるように精進していきたいと考えています。そのような態度、考え方でいれば、自分にとっても新たな境地に達することができ、また充実した日々になるのだと信じています。

撮影/石川卓
インタビュー実施日・場所/2022年9月20日・京成ホテルミラマーレ
吉野 一郎(よしの いちろう)
インタビュー実施時/千葉大学大学院医学研究院 呼吸器病態外科学 教授・千葉大学医学部附属病院 呼吸器外科 教授
現所属/国際医療福祉大学成田病院 病院長・千葉大学大学院医学研究院 特任教授
1987年、九州大学医学部医学科卒業。’92年、九州大学医学研究科外科学修了。’92年、Harvard Medical School, Brigham and Women’s Hospital。’95年、産業医科大学第二外科助手。’99年、国立病院九州がんセンター医員。2000年、九州大学医学部附属病院第二外科助手。’03年、九州大学医学部附属病院第二外科講師。’04年、九州大学大学院医学研究院消化器・総合外科学准教授。’07年、千葉大学大学院医学研究院胸部外科学教授。’10年、千葉大学大学院医学研究院呼吸器病態外科学(名称変更)教授。
参考文献
  1. 医師の働き方改革:「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律」(公布日:2021年5月28日)に基づき、2024年4月1日より医師の時間外・休日労働時間の上限が原則、年960時間以下/月100時間未満、もしくは一定の条件を満たす場合は年1,860時間以下/月100時間未満に規制される。
  2. コロナ禍により2020年、2021年は不開催。
  3. 臨床病期IA期の肺野末梢小型非小細胞肺がん(最大腫瘍径2cm以下かつ、C/T 比>0.5)に対して、試験治療である区域切除が、国際的標準治療である肺葉切除に比べて全生存期間において非劣性であることを検証するために実施されたランダム化比較試験(Saji H, et al : Lancet, 399 : 1607-1617, 2022)。
  4. 「ラッセル 幸福論」(バートランド・ラッセル/著、安藤貞雄/訳),岩波書店,1991
  5. 「生き方―人間として一番大切なこと―」(稲盛和夫/著),サンマーク出版,2004