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理性と感情の「葛藤」が起こる仕組み、うつ病モデルサルを用いて一部解明-京大

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2024年05月23日 AM09:10

うつ病のマカクザルモデルを用いて、理性と感情に関わる領野間の信号の流れを解析

京都大学は5月20日、「理性」を司る前頭前皮質と「感情」を司る辺縁皮質・線条体との相互作用に着目し、2つの領野間にどのような信号が送られ、感情の変化に伴ってその信号がどのように変化するのかを明らかにしたと発表した。この研究は、同大高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)雨森智子 特定研究員(学振RPD)と雨森賢一特定拠点准教授の研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

前頭前皮質(prefrontal cortex, )は、進化の過程でヒトにおいて類人猿と比較しても特別に拡大した領野だ。このPFCは、行動の計画的な実行や短期記憶といった認知機能の中心と考えられているだけでなく、損傷により感情の制御が難しくなることが古くから知られており、喜怒哀楽の感情を制御して「理性」を保つという働きをしていると考えられている。しかし、この「理性」を司るPFCが、どのようなメカニズムで「感情」を制御するか、という葛藤のメカニズムは不明だった。

この「感情制御」(emotion regulation)は防御メカニズムの一つで、「感情」を抑えて「理性」に基づいて行動決定をするための脳の重要な機能と考えられている。うつ病などの精神疾患では、病的に悲観状態が続くなど、この感情制御が適切に機能していない状態に陥っていると考えられている。そこで研究グループは、ヒトと同様発達したPFCをもつマカクザルを用いて、「理性」を司るPFCと「感情」を司る辺縁皮質・線条体との相互作用に着目し、2つの離れた領野間にどのような信号が送られて「感情」が制御されているのか調べた。

辺縁皮質の中でも、うつ病と特に関係の深い前帯状皮質膝下部(subgenual anterior cingulate cortex, sgACC)の微小電気刺激(electrical microstimulation)を行い、マカクザルの価値判断を悲観的に誘導し、うつ病のマカクザルモデルを作り出すことに成功。同時に、前頭前皮質と辺縁皮質・線条体から局所電場電位(local field potential, LFP)を記録し、「理性」と「感情」に関わる領野間の信号の流れを調べた。

PFCから辺縁皮質・線条体に、ベータ振動のトップダウンの情報の流れがあると判明

「理性」を司るPFCと、「感情」を司る辺縁皮質・線条体は離れた位置にあるため、これまで詳細な解析を行うことは技術的に困難であり、両領野間の生理学的な相互作用の解析は進んでいなかった。そこで研究グループは新たに多点電極記録法を開発し、マカクザルを用いて、PFCから辺縁系に至るさまざまな領野のLFPのベータ振動(beta oscillation)を同時に記録し、領野間を連絡する信号を調べた。

その結果、意思決定の価値判断に関わる情報が、LFPのベータ振動の強度で表されていることが判明した。ベータ振動は大脳皮質・大脳基底核において、2つの離れた領野間の信号の同期・通信に関わる、トップダウン型の制御信号を担うものと考えられている。

そこで、PFCと辺縁皮質・線条体の間のベータ振動の同期に着目し、PFCから辺縁皮質・線条体への信号の流れ(方向性)をグレンジャー因果性解析によって調べ、「理性」を司るPFCから「感情」を司る辺縁皮質・線条体に対して、ベータ振動のトップダウンの情報の流れがあることを明らかにした。

うつ病様の状態ではPFC信号の影響が弱く、非理性的な意思決定につながる可能性

さらに、このPFCからの信号が実際に「感情」の制御に関わりがあることを示すため、うつ病に関わりが深いと考えられている「sgACC」を微小電気刺激法により刺激し、電気刺激前後のマカクザルの意思決定と価値判断の変化を定量的に解析した。

sgACCへの刺激により悲観的な意思決定の増加が認められ、マカクザルにうつ病様の症状が認められた。このうつ病マカクザルモデルにおいてPFCと辺縁皮質・線条体のベータ振動を記録したところ、PFCからのトップダウン信号が有意に減弱していることが判明した。このことから、sgACCの微小電極刺激によって誘導されるうつ病様の悲観状態では、「理性」に関わるPFCの信号の影響が弱く、理性的でない感情的な意思決定の原因になっていることが考えられた。

同研究により、うつ病などの病的な悲観状態を制御するPFCのトップダウン信号が明らかになり、また、人為的な誘導による「感情」の変化に伴い、そのトップダウン信号が変化することが発見され、ヒトに特徴的な「理性」と「感情」の葛藤する仕組みの一端が解明された。

「こころ」の解明に向け、サルの脳研究を引き続き推進

ヒトを含む霊長類は、げっ歯類と比較して脳のサイズが非常に大きく、階層的な構造を持つ離れた領野間の相互作用が、情報処理に重要な役割を果たしていると考えられている。同研究では、霊長類における脳の大規模ネットワーク(large-scale network)における情報処理メカニズムの基盤となる神経活動が明らかにされた。ヒトのMRI研究が進み、霊長類では、この脳の大規模ネットワークによって、価値判断・意思決定に関わる高度な情報処理が行われていることがわかってきた。特に、マカクザルのPFC、辺縁皮質・線条体では神経活動の同期現象が、領野間の信号伝達に重要な役割を果たしているのではないかと考えられている。同研究では、微小電気刺激法と多点電極記録法を組み合わせることで、うつ病の病態に関わる領野間相互作用の変化が明らかになったが、研究グループは同手法を元に、今後は「社会性・好奇心」など、さまざまなコンテキストが「感情」に及ぼす影響を調べていくとしている。

同時に、特に深部の脳領野を対象とした神経刺激法の発展は、脳の局所回路の機能同定といった科学的な目的での使用だけでなく、薬の効かないうつ病患者を対象とした深部脳刺激術などによって治療応用が始まっている。サイエンスの分野では一般的に使用されている神経活動の変容法だが、ヒトへと応用される場合には、慎重な倫理的議論が必要になると考えられる。ヒトの高次の脳機能の基盤となる大規模ネットワークの情報処理メカニズムの解明には、ヒトと相同な脳構造を持つマカクザルの実験が必須だ。

「本研究は多数の領野からLFPを取得し、神経操作によってうつ病状態を誘導するなど、さまざまなテクニックを組み合わせ、理性と感情の葛藤に関わる現象を見つけることができた。サルの脳研究は時間がかかるが、粘り強く研究を進め、こころのメカニズムに関わる大事な発見を目指したいと思っている」と、研究グループは述べている。

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