血糖値が正常なうちから「前糖尿病」への進行を防ぐ一次予防が重要
横浜市立大学は6月26日、日本の職域コホート研究(J-ECOHスタディ)の運動疫学サブコホートの参加者のうち、血糖値が正常である労働者約1万人を最大8年間追跡し、生活習慣全体(喫煙・飲酒・運動・睡眠・肥満の5つで評価)が継続的に健康的であるほど「前糖尿病」の発症リスクが低減することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部公衆衛生学・大学院データサイエンス研究科の桑原恵介准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Medicine」に掲載されている。

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糖尿病の前段階である前糖尿病(いわゆる糖尿病予備群)は、高血糖ではあるものの糖尿病と診断されるほどではない状態を指し、毎年約10人に1人の割合で糖尿病に進行するとされている。日本人の就労世代に限定すると、前糖尿病を有する人の割合は約1~2割に上るとの報告もある。また、前糖尿病そのものも、糖尿病へ進行しなくとも就労世代における死亡リスクの上昇と関連することが報告されている。したがって、血糖値が正常なうちから前糖尿病への進行を防ぐ一次予防が重要だ。
生活習慣のうち、喫煙や過度の飲酒などは前糖尿病リスクを高める一方、適度な運動習慣や適正体重の維持、十分な睡眠時間の確保はリスク低減につながることが個別の要因ごとに報告されてきた。
しかし、これまでの研究は単一の生活習慣要因に注目したものが中心で、複数の生活習慣を総合的に評価した研究はなかった。さらに、それらの長期的な変化と前糖尿病発症リスクとの関連を検討した報告もない。そこで研究グループは今回、企業などに勤務する就労者を対象とした日本の大規模コホート(J-ECOHスタディ)の運動疫学サブコホートのデータを用い、複数の生活習慣を組み合わせた総合的な健康生活習慣スコアの推移パターンを明らかにするとともに、そのパターンごとの前糖尿病発症リスクを検証した。
30~64歳の就労者1万773人の生活習慣を調査
対象となったのは30~64歳の就労者のうち、2009年度時点で血糖値が正常範囲(糖尿病および前糖尿病のない)だった1万773人(男性8,986人、女性1,787人)。
生活習慣は「喫煙・飲酒・運動習慣・睡眠時間・肥満の有無」の5項目について、定期健診時の問診または測定値(身長・体重)から評価した。具体的には上述の5項目に対し、「健康的な習慣(1点)」「不健康な習慣(0点)」として健康的な生活習慣スコア(計0~5点)を算出。健康的な習慣は、1)非喫煙または禁煙、2)多量飲酒(男性は1日46g以上、女性は1日23g以上のアルコール摂取)なし、3)週に7.5メッツ・時以上の運動(例:週に2時間以上のウォーキングあり、4)BMIが25未満であること、5)睡眠時間が1日に7時間以上であること、と定義した。
なお、前糖尿病発症の定義は米国糖尿病学会の基準により、空腹時血糖値100~125mg/dLまたはヘモグロビンA1c(HbA1c)値5.7~6.4%の基準を満たした場合とした。
健康的な生活習慣スコアの推移を集団軌跡モデリングで解析し、5つのグループに分類
2006~2009年の健康的な生活習慣スコアの推移を集団軌跡モデリングで解析し、スコアの推移パターンから対象者を、1)とても不健康(維持):平均的に1点、2)不健康(維持):平均的に約2点、3)不健康→中程度の健康(改善):2~3点に増加、4)中程度の健康(維持):平均的に3点、5)とても健康(維持):平均的に4点弱の5つのグループに分類した。さらに、コックス比例ハザードモデルを用いて、生活習慣パターンごとに前糖尿病発症のハザード比を算出し、パターンと前糖尿病発症リスクの関連を検討した。
解析にあたっては、年齢、性別、職種、残業時間、交代勤務の有無、通勤時の歩行時間、高血圧、糖尿病の家族歴などの背景因子を統計的に調整し、それらの影響をできる限り除外した。
長期にわたる複数の健康的な生活習慣維持で、前糖尿病の発症リスク低減
対象者のうち、6,935人が前糖尿病を発症した(累積発症割合64.4%)。生活習慣スコアの推移パターン別に発症リスクを比較したところ、生活習慣が「健康的」である度合いが高かったグループほど、前糖尿病の発症リスクが低いことが明らかになった。「とても不健康な生活が続いた」グループに対し、前糖尿病発症の調整ハザード比は「不健康な生活が続いた」グループで0.92、「不健康から中程度に健康的な生活に改善した」グループで0.82、「中程度に健康的な生活を続けた」グループでは0.83、「とても健康的な生活を続けた」グループでは0.74となった。
以上の結果から、長期にわたり複数の健康的な生活習慣を維持し続けることが、前糖尿病の発症リスク低減につながることが示された。また、完全に健康的とは言えないまでも、生活習慣をより健康的な方向に改善できれば発症リスクを下げられることも確認され、生活習慣改善の予防効果が示唆された。
企業や医療従事者が連携し、労働者の生活習慣改善を促進・支援することが重要
今回の研究結果から、健康診断の血糖が正常値であっても、将来の前糖尿病の発症を防ぐために日頃から健康的な生活習慣を心がけることの重要性が示された。たとえ前糖尿病になったとしても、健康的な生活習慣の維持・改善で糖尿病になりにくいことがわかっており、それが、将来的な糖尿病のリスクを下げる有効な手段にもなることが示唆されている。
一方で、本研究では多くの労働者が同じような生活習慣を続けており、改善に至った人は約4%(405人)と少数だった。このことから、企業や産業保健スタッフ、医療従事者が連携して、労働者の生活習慣改善の取り組みを支援・促進することが今後一層求められる。研究面では、日常生活の中で効果的に生活習慣を改善する方法や、その行動変容を促す戦略の開発が望まれる、と研究グループは述べている。
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・横浜市立大学 プレスリリース


