同一味質の異なる物質をどう感じ分けているかは未解明
東北大学は12月1日、さまざまな甘味の微妙な違いを見分けて覚えていく「味覚想起訓練」を実施した結果を発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科臨床障害学分野の海老原覚教授と朴依眞氏(大学院生)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Chemical Senses」に掲載されている。

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これまで、「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」などの基本味の違いを識別する仕組みは研究されてきたが、同じ「甘味」の中で、たとえばショ糖(スクロース)とブドウ糖(グルコース)のように同一味質の異なる物質を、どう感じ分けているのかはほとんどわかっていなかった。また、「味を覚える」「味を思い出す」といった味覚の記憶や想起のメカニズムも明らかでなく、「食の楽しみ」を支える脳の働きを理解するうえで大きな課題となっていた。
健康な成人40人対象、5種類の甘味物質を見分け覚える
今回研究グループは、健康な成人40人を対象に、さまざまな甘味の微妙な違いを見分けて覚えていく「味覚想起訓練」を実施した。参加者はまず、5種類の甘味物質(グルコース、フルクトース、スクロース、マルトース、ラクトース)について、それぞれどのくらいの濃度で味を感じ取れるかを測定した。その後、自身の味覚閾値よりも一段階薄い濃度の甘味物質を繰り返し味見してもらい、「これはどの甘味物質だったか」を思い出して当てる訓練を3日間連続で行った。
すべての甘味物質で味覚閾値が改善、3日間で味をより鋭く感じ取れるように
その結果、訓練を行ったグループでは、すべての甘味物質において味覚の感度(味覚閾値)が有意に改善し、3日間で味をより鋭く感じ取れるようになった。これは、味覚にも学習による変化(可塑性)があることを示すもので、視覚や聴覚と同じように、味覚も「鍛えることができる」ことを明確に示した成果である。
優れた味覚は生まれつきの才能ではなく、経験によって形成されることが知られている。たとえば、ソムリエが食品と飲料の最適な組み合わせを判断できるのは、特別に敏感な味覚や嗅覚を持つからではなく、長い経験の中で「良い味」のデータを脳に蓄積してきた結果だと報告されている。さらに、日本の慣用句にも「舌が肥える」という表現がある。これは、良い味を食べ慣れることで味の微妙な違いを鋭敏に感じ取れるようになるという意味であるが、今回の研究結果はまさにその科学的裏づけともいえる内容である。
食欲の低下や味覚障害の改善につながる可能性
味を思い出す訓練を重ねることで、味の細やかな違いを感じ取る味覚の感受性や識別力が鋭敏になることが示された。この成果は、食欲の低下や味覚障害の改善につながる可能性があり、特にこれまで有効な治療法がほとんどなかった高齢者の食欲不振(Anorexia of aging)に対する新しいリハビリテーション法の開発にも道を開くものである。
今回の研究は、「味を思い出す力」が異なる味質の識別だけでなく、同じ味質の微妙な違いを感じ取る能力も高めることを示した世界初の報告である。今後は、脳活動計測や画像解析を組み合わせて、味覚の記憶と脳の働きの関係をより深く明らかにし、味覚障害患者や高齢者の食欲不振に対する科学的根拠に基づいた味覚リハビリテーションプログラムの開発を目指す、と研究グループは述べている。
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