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眼の中に色素が漏れ出す「色素分散症候群」の仕組みを立体構造で解明-山梨大ほか

読了時間:約 3分
2025年07月24日 AM09:24

色素分散症候群では漏れ出たメラニン色素が詰まって眼圧が上がり、緑内障になることも

山梨大学は7月2日、眼や髪の色を決める「メラニン色素」をためる細胞内の線維構造の異常により、眼の中に色素が漏れ出す疾患「色素分散症候群(PDS)」が起きる仕組みを、原子レベルの立体構造から明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院総合研究部医学域の小田賢幸教授、新井晴美研究員、宮澤秀幸研究助教、東京大学大学院医学系研究科の吉川雅英教授、柳澤春明講師、Tony Wang技術補佐員らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。


画像はリリースより
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メラニン色素は、色素細胞の中にある「メラノソーム」と呼ばれる小さな袋状の構造に蓄えられる。この中では「PMEL」と呼ばれるタンパク質が「アミロイド線維」という足場を作り、その上にメラニン色素が沈着していく。なお、メラニン色素は虹彩や髪の色を決めるだけでなく、皮膚において紫外線から身体を守る働きもあり、いわゆる日焼けの色の正体でもある。

アミロイド線維と聞くと、アルツハイマー病やパーキンソン病などで脳に異常なタンパク質が蓄積する病気が連想される。実際に異常なアミロイド線維の蓄積はさまざまな疾患の原因となるが、PMELは健康なヒトの体にも存在し、本来は正常な働きを担う「機能性アミロイド」である。

PMELタンパク質の175番目のアミノ酸が、通常のグリシンからセリンへと変化するわずか1か所の遺伝的な変異(Gly175Ser変異)があると、PDSを引き起こすことが知られている。この疾患では、通常は細胞内に留まるべき色素が細胞の外に漏れ出し、眼の中に広がってしまう。漏れ出したメラニン色素が眼と血管をつなぐ流出路を詰まらせることで眼圧が上がり、進行すると緑内障となって視力を失う可能性がある。

クライオ電子顕微鏡により超高解像度でPMELタンパク質の構造を捉えることに成功

研究グループは今回、眼の細胞内でメラニンを蓄える足場となる「PMELアミロイド線維」の立体構造を、最先端の極低温(クライオ)電子顕微鏡を使って原子レベルで可視化した。

ヒトのメラノーマ細胞からPMELアミロイドを精製し、その構造を可視化したところ、PMELタンパク質が0.5ナノメートル間隔で正確に積み重なり、それによって直径10ナノメートルのアミロイド線維が作られていることが明らかになった。これらの繊維は右巻きのらせん構造をしており、クライオ電子顕微鏡により原子1個分に相当する0.179ナノメートルという超高解像度でその構造を捉えることに成功した。

Gly175Ser変異により細胞内外にアミロイドや色素がたまりやすくなっていたことが判明

さらに、PDSの原因とされるGly175Ser変異を導入した細胞からPMEL線維を調べると、わずか1か所の遺伝子変異にもかかわらず、線維の構造が大きく変化していることが明らかになった。この変異によって、新たな水素結合が生じて構造が安定化し、アミロイドが過剰に形成されることもわかった。

細胞実験では、この変異型PMELを持つ細胞では、通常の2倍のアミロイドが細胞内に存在し、さらに70%多くのアミロイドが細胞外にも放出されていた。つまり、変異によって細胞内外にアミロイドや色素がたまりやすくなっていたことが判明した。このように、PMEL繊維の構造変化が色素顆粒の異常放出を引き起こし、それがPDSや色素性緑内障につながるという新たなメカニズムが示された。

PDS診断法の開発や、色素漏出を防ぐ治療法の創出に期待

緑内障は日本人の失明原因として最も多い疾患であるが、その中でも「色素性緑内障」は、これまで日本ではあまり見つかってこなかった。ところが最近の研究から、実際には見逃されているケースが多く、決してまれな疾患ではない可能性が指摘されている。PDSは欧米では人口の約2.5%にみられる比較的頻度の高い疾患とされており、日本においても診断基準や認識の違いにより過小評価されている可能性がある。これは、西洋人を前提に作られた従来の診断基準が日本人の眼の構造には適さず、診断が難しいことが一因とされている。

今回の研究は、色素分散症候群や色素性緑内障の病態メカニズムを、アミロイド線維の原子構造から解明した初めての研究であり、「たった1か所のアミノ酸変異が、メラニン色素をためる線維の構造と性質を大きく変化させる」ことが示された。今後はこの構造情報をもとに、PDSの診断法の開発や、色素漏出を防ぐ治療法の創出が期待される。

「本成果は、小さな構造の変化が大きな病気につながるという、アルツハイマー病などのアミロイド病にも共通する現象の理解に役立つものである。生理的(正常な)アミロイドと、病的なアミロイドの違いを見極める新たな手がかりになると期待される」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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