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自閉スペクトラム症の発症メカニズムにゲノムの三次元構造関与が判明-理研

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2024年02月02日 AM09:10

ASD患者で多いプロモーター領域のデノボ変異、発症への関与の詳細は不明

(理研)は1月27日、世界最大規模の自閉スペクトラム症()家系全ゲノムシーケンスデータを用い、患者本人からは検出されるがその両親からは検出されない、新生の変異である「デノボ変異」を包括的に解析した結果、遺伝子の上流でその発現を制御する「」のデノボ変異が、ゲノムの三次元構造()内の相互作用変化による遺伝子発現異常を引き起こし、疾患リスクに寄与することを明らかにしたと発表した。この研究は、同研究所脳神経科学研究センター分子精神病理研究チームの中村匠研究員、上田順子テクニカルスタッフI、水野翔太特別研究員、髙田篤チームリーダーらの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Genomics」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

ASDは、社会的コミュニケーションの問題と、限局された行動・興味・活動を主な症状とする神経発達障害の一群である。最近の米国での疫学調査では、およそ2%の子どもがASDと診断されていることが報告されている。ASDは遺伝的要因が強く関与する疾患であり、大多数の患者では多様な遺伝子変異が複雑に組み合わさることで発症に至ると考えられている。

遺伝子変異の中でも、患者本人からは検出されるが両親からは検出されない新生の変異(デノボ変異)は、進化の過程において自然選択をほとんど受けないため、発症に大きく関連する変異が含まれると考えられている。

これまでの患者のデノボ変異研究では、タンパク質をコードする領域だけでなく、遺伝子の発現を制御する領域(プロモーター領域)におけるデノボ変異がASD患者で多く見られることが示されていた。しかし、その変異が発症に関与する具体的なメカニズムは明らかになっていなかった。

5,044家系の全ゲノムデータを解析

研究グループは、既報の1,902家系に加え、Simons Powering Autism Research(SPARK)で公開されている3,142家系の全ゲノムデータを用いてデノボ変異を解析し、プロモーター領域デノボ変異が疾患リスクに寄与するメカニズムの解明に挑んだ。3,142家系のデノボ変異解析を実施したところ、これまでの研究結果と同様、ASD患者と罹患していない兄弟姉妹とではデノボ変異の発生頻度に全体として相違がなかった。

ASD関連遺伝子のプロモーター領域デノボ変異はリスクと関連なし

プロモーターは、エンハンサーと近接して互いに作用することによって、プロモーター直下の遺伝子の発現を制御することが知られている。そのため、プロモーター領域デノボ変異は、直下流の遺伝子発現に影響を与える可能性が高く、ASDと関連する遺伝子の上流に位置するプロモーター領域デノボ変異がASDリスクと特に強く関連することが推測される。

そこで、ASDと関連する可能性のある遺伝子が登録されたデータベースSFARI geneから、特に関連性が強いと考えられている遺伝子をASD関連遺伝子として選択し、それらの上流に位置するプロモーター領域のデノボ変異がASDリスクと統計的に有意な関連を示すかどうかを、オッズ比により評価した。しかし予想に反して、ASD関連遺伝子群の上流プロモーター領域のデノボ変異は、リスクとの有意な関連を示さなかった。この結果は、プロモーター領域デノボ変異とASDリスクの関連は、直下流の遺伝子発現への影響だけでは説明されないことを示しており、異なるメカニズムの関与が考えられた。

ASD関連遺伝子含むTAD内のプロモーター領域デノボ変異が疾患リスクと有意に関連

そこで研究グループは、近年報告された新たな遺伝子制御機構である「)」に着目した。ERRとは、プロモーターが破壊されたとき、近接していたエンハンサーがそのプロモーターを離れるだけでなく、他のプロモーターを再標的とする現象である。これにより同じゲノムの三次元構造(TAD)に属する他の遺伝子の発現活性化が生じる。この機構を考慮すると、プロモーター領域デノボ変異は直下流の遺伝子だけではなく、同じTAD内の別の遺伝子の発現にも影響を与える可能性が考えられる。

この考えに基づき研究グループは、ヒト背外側前頭前皮質におけるTAD区分を用いて、プロモーター領域デノボ変異を、変異が存在するTAD内にASD関連遺伝子を含むか否かで分類し、これらの変異が示すオッズ比を解析した。その結果、ASD関連遺伝子を含むTADに存在するプロモーター領域デノボ変異が疾患リスクと有意に関連し、それ以外のプロモーター領域デノボ変異は有意な関連を示さないことが明らかになった。

ASD患者特異的にプロモーター領域デノボ変異が集積する156か所のTADを同定

次に、ASDと特に関連するTADの有無を探索するべく、ASD患者特異的にプロモーター領域デノボ変異が集積するTADを解析した。その結果、多重検定の補正を行わない基準で有意な154か所のTADと、多重検定の補正後も有意な二つのTADが同定された。同定した計156か所のTADについて、それらのプロモーター領域にASDリスクと関与するありふれた一塩基多型(SNP)(集団頻度1%以上の変異)が集積しているかどうかを、既報のゲノムワイド関連解析(GWAS)のデータを用いて統計的に評価した。その結果、156か所のTADでは有意なASD関連SNPの集積を認める一方、その他のTADではこのような集積は認められなかった。この結果は、特定のTADにおけるプロモーター領域が、デノボ変異とSNPの双方でASDリスクにおいて重要であることを示しており、遺伝学的には性質の異なるSNPとデノボ変異が、この領域で統合的に疾患リスクに寄与している可能性が示唆される。

患者から同定の変異、TAD外ASD/神経発達関連遺伝子の発現も変動

最後に、ASD患者から同定されたプロモーター領域デノボ変異が、TAD内の遺伝子発現に実際に影響するかを調べるため、ヒトiPS細胞を用いた変異導入実験を行った。CRISPR/Cas9システムによる導入が可能な、染色体7番におけるプロモーター領域デノボ変異を導入し、RNA-seqにより遺伝子発現を解析した。

その結果、プロモーター領域デノボ変異の直下流の2つの遺伝子(HNRNPA2B1およびCBX3)が有意に発現上昇し、同一TAD内のASD関連遺伝子NFE2L3が有意に発現低下した。さらに、TAD内の遺伝子だけでなく、TAD外の多数の遺伝子の発現にも変動が引き起こされ、それらの中にはASD関連遺伝子や神経発達に関わる遺伝子が有意に多いことが示された。

1塩基の変異が多数のASD関連遺伝子群の発現を変動、効率的な遺伝的治療法開発に期待

今回の研究の成果をまとめると、(1)デノボ変異によりプロモーターが傷害されるとエンハンサーとの結合が変化する、(2)その結果、同じTAD内の変異とは離れた位置にあるASD関連遺伝子の発現が変化する、(3)同じTAD内のASD関連遺伝子の発現変化の下流にあるゲノム中のさまざまな場所の多数のASD関連遺伝子の発現も変動する、(4)その結果ASDリスクが上昇するという、ゲノムの「バタフライエフェクト」とも表現できるような一連の現象が存在することが示された。

さらに、iPS細胞への変異導入実験から、たった1塩基の変異が近傍遺伝子の発現変化のみならず、多数のASD関連遺伝子群の発現変動を誘発し得ることが示され、これらの変異を標的とした効率的な遺伝的治療法の発展につながることが期待される。

「今回の研究は、ASDのデノボ変異研究としては、世界最大規模の5,044家系の解析を行った。より確実で深い知見を得るためには、さらに多くの家系や患者のゲノム解析を行う必要がある。そのような研究を推進し、ゲノム解析の知見を病態理解につなげ、病態理解から新たな診断・治療・予防法の開発へと展開することが期待される」と、研究グループは述べている。

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