発達障害で相次ぎ発見されたCHD8遺伝子の重複、脳の発達や病態への影響は不明
金沢大学は5月27日、自閉スペクトラム症(以下、自閉症)の関連遺伝子であるCHD8の重複(遺伝子の過剰発現)が、発育遅延、過活動行動、小頭症などの神経発達異常を引き起こすことをマウスモデルで明らかにしたと発表した。この研究は、同大新学術創成研究機構/医薬保健研究域医学系の西山正章教授、医薬保健研究域医学系の川村敦生助教(研究当時、現・カリフォルニア大学バークレー校博士研究員)、富山大学学術研究部医学系の高雄啓三教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。

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自閉症とは、社会的相互関係の障害および限定された興味やこだわりといった特徴をもつ発達障害である。全人口の36人に1人という高い発症率や社会生活に支障を来す症状のため、大きな社会問題となっている。自閉症患者による遺伝子変異解析によりクロマチンリモデリング因子の一つであるCHD8が最も変異率の高い遺伝子であることが判明し、これまで遺伝子の機能喪失(欠損)による影響について多くの研究が行われてきた。
一方で、CHD8遺伝子座を含む染色体領域のコピー数増加(重複)が発達障害の患者から相次いで発見されている。しかし、CHD8の重複が脳の発達や発達障害の病態にどのような影響を及ぼすかについては、これまで明らかにされていなかった。
CHD8遺伝子ノックインマウス、胎生後期から脳の成長遅れ前頭前皮質の体積減少
研究グループは、遺伝子改変技術を用いてCHD8遺伝子をノックインし、CHD8のコピー数が増加した状態を再現したマウスの作製に成功した。このマウスは出生時から体が小さく、発育遅延を示した。このマウスの脳を調べたところ、胎生後期から脳の成長が遅れて小頭症を呈し、MRI解析によって高次脳機能に関わる前頭前皮質の体積が顕著に減少していることがわかった。
CHD8過剰で神経前駆細胞バランス乱れ、深層ニューロン産生著しく減少
次に小頭症の原因を探るために脳の組織学的解析を行った結果、CHD8が過剰な状態では、神経前駆細胞の増殖と分化のバランスが乱れ、大脳皮質における深層ニューロンの産生が著しく減少することが判明した。さらに、網羅的な遺伝子発現解析とクロマチン解析により、CHD8の過剰発現が神経発生に関わる遺伝子のエンハンサー領域への異常な結合を引き起こし、それに伴う転写制御やクロマチン構造の変化が広範囲にわたって生じることが明らかになった。
CHD8重複マウスの多動・不安様行動低下などの行動異常、リスペリドン投与により改善
CHD8遺伝子の重複が見られる発達障害の患者では、知的障害、多動、攻撃的行動などの行動異常が観察されている。そこでCHD8重複マウスの行動解析を行い、患者の症状が再現されるかどうかについて検討した。その結果、このマウスは多動、不安様行動の低下、感覚異常、および逆転学習課題に対する柔軟性の低下など、複数の行動異常を示すことが判明した。さらに、これらの行動異常の一部は、自閉症の治療にも用いられる抗精神病薬リスペリドンの投与によって改善されることを突き止めた。
CHD8はこれまで、自閉症の原因遺伝子として主にその「機能喪失」が注目されてきたが、今回の研究は「機能過剰」もまた神経発達に大きな影響を及ぼすことを初めて示している。また、抗精神病薬リスペリドンによって一部の行動異常が改善されたことから、CHD8関連の行動障害に対する治療的介入の可能性も示された。「本研究成果は、自閉症やADHDなどの発達障害の病態理解を一層深め、個別化医療や行動症状に着目した新たな治療戦略の確立に向けた重要な足がかりとなると考えられる」と、研究グループは述べている。
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