嗅神経と三叉神経、脳血流に与える影響にどのような違いがあるのか?
東京都健康長寿医療センター研究所は6月4日、三叉神経を介する嗅覚情報が嗅覚中枢の嗅球ではなく大脳新皮質の血流を増加させることを動物モデルで明らかにしたと発表した。この研究は、同研究所の内田さえ研究副部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「European Journal of Neuroscience」にオンライン掲載されている。

画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
嗅覚機能は高齢期に低下するだけでなく、認知症の初期から障害されることが知られている。研究グループは、加齢や認知症における嗅覚機能の低下に、脳内のアセチルコリン神経(前脳基底部のコリン作動性神経)の低下が関与すると予想し、脳血流を指標とした研究を行ってきた。これまでに同グループは嗅神経の刺激により嗅球血流が増加すること、この血流増加はアセチルコリン受容体の活性化によって増強されることを明らかにしてきた。この事実から、アセチルコリン神経系は嗅球において嗅覚感度を高める作用を持つと考えられる。
嗅覚の神経経路には、花や果実などの芳香を受容する嗅神経に加えて、身の危険を知らせる刺激臭を受容する三叉神経がある。嗅神経は嗅球に入力するのに対して、三叉神経は脳幹に入力する。神経経路が異なる嗅神経と三叉神経では、嗅覚情報が脳血流に与える影響も異なることが予想された。
三叉神経刺激により前頭葉の血流が顕著に増加、動物モデルで発見
そこで今回の研究では、刺激臭を受容する三叉神経の刺激が脳血流に及ぼす影響とアセチルコリン神経系との関係を動物モデルで検討した。
実験では、大脳の嗅球と新皮質(前頭葉)の局所血流および血圧を測定し、鼻腔内の三叉神経の刺激に対する反応を観察した。まず、三叉神経の刺激は嗅球血流を軽度に、前頭葉血流と血圧を顕著に増加させることが示された。
前頭葉の血流増加、アセチルコリン依存性であることを確認
急激な血圧変化は、脳血流に二次的影響を及ぼすことが知られている。そこで血圧変動が起こりにくいモデルを用いたところ、三叉神経刺激は嗅球血流には影響を及ぼさずに、前頭葉血流を増加させることが示された。この前頭葉血流の増加反応はアセチルコリンの伝達を遮断すると消失した。一方、アセチルコリン様物質で受容体を活性化すると増強した。
これらの結果から、三叉神経を介して伝えられる嗅覚情報は脳内のアセチルコリン神経系を介して前頭葉血流を増加させることが示唆された。三叉神経で伝えられる嗅覚情報に対してアセチルコリンは促進性に作用すると考えられた。
嗅覚を活用した認知症の早期発見や予防に期待
今回の研究成果により、刺激臭を受容する三叉神経で伝えられる嗅覚情報は、芳香を受容する嗅神経で伝えられる情報とは異なる脳領域の血流を増やすことが明らかになった。また、三叉神経、嗅神経のいずれの嗅覚情報もアセチルコリン神経系により促進性に調節されることが示唆された。
認知症における嗅覚障害は「におい」の種類で異なることが知られている。このメカニズムに嗅神経と三叉神経の異なる神経機構が関わる可能性が考えられる。「今後、嗅神経と三叉神経のいずれの嗅覚経路が加齢の影響を受けやすいのか、そして認知症で障害されやすいのかを調べることで、認知症の兆候を早期にとらえるのに最適な嗅覚検査の開発に役立つことが期待される。さらに、本研究成果は高齢期の認知機能低下を予防するのに適した嗅覚刺激法の創出への応用も考えられる」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・東京都健康長寿医療センター プレスリリース