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アトピー性皮膚炎、症状と治療反応に関連するバイオマーカー発見-慶大ほか

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2025年06月16日 AM09:00

炎症メカニズムが複雑なAD、治療薬効果の個人差の原因は未解明

慶應義塾大学は6月3日、(Atopic dermatitis:AD)の症状や治療への反応を、皮膚で働いている遺伝子の状態から読み取ることに成功したと発表した。この研究は、同大医学部皮膚科学教室の野村彩乃助教、川崎洋専任講師、天谷雅行教授、理化学研究所生命医科学研究センター(IMS)の川上英良チームディレクター(医療データ数理推論特別チーム)、古関明彦チームディレクター(免疫器官形成研究チーム)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

ADは、かゆみを伴う慢性的な皮膚疾患で、症状や重症度の多様性から個別化医療の実現が必要とされている。ADはこれまで2型炎症が中心と考えられてきたが、最近では、17型炎症や1型炎症の関与も示唆されており、炎症の分子動態は非常に多様であることがわかってきている。

これまでにも、患者の血液や皮膚を用いた研究は数多く行われ、皮膚のバリア機能や免疫応答の破綻が複雑に絡み合っていることが示唆されてきた。しかし、多くの研究では、皮膚の縫合が必要な患者負担の大きい生検手法を用いられることが多く、少数サンプルによる病変部と非病変部の比較などにとどまっており、皮膚の多彩な分子学的異常が、「赤み」()や「ごわごわとした皮膚」(苔癬化:たいせんか)といった個々の皮膚症状とどう関連するかは、明らかになっていなかった。

また、2型炎症の抑制薬である「」のような分子標的薬が登場しても、全ての患者に効果があるわけではなく、その理由も十分にはわかっていなかった。また、これまでの多くの研究は、既知の遺伝子や分子に注目した”仮説駆動型”の解析が中心であり、病態に関わる新たな遺伝子の同定には限界があった。

負担少ない1mm皮膚生検で951検体を採取、症状・治療反応と関連する遺伝子群同定

そこで研究グループは、「どのような皮膚症状が、どのような遺伝子の働きと関係しているのか」、また「なぜ一部の患者が薬に反応しないのか」という疑問に対し、1mm全層皮膚生検という患者負担の少ない組織採取手法と、教師なし機械学習アルゴリズムを組み合わせ、大規模かつ網羅的な皮膚組織の解析を行った。その結果、仮説に依存せず遺伝子の働き(発現)のパターンを抽出することで、新たな遺伝子群とそれを代表するバイオマーカー候補を同定し、症状や治療反応との関連を明らかにした。

今回の研究では、156人のAD患者から病変部および非病変部皮膚を対象に、直径1mmの全層パンチ生検で951検体を採取した。これらの皮膚組織でRNAシークエンシング(RNA-seq)を行い、遺伝子の発現パターンを網羅的に解析した。横断解析では、皮膚のさまざまな症状と関連する分子動態の特徴を明らかにし、縦断解析では、デュピルマブ治療を6か月間受けた24人の患者における、治療反応と関連する皮膚の分子プロファイルの変化を追跡した。

機械学習で新規含む29遺伝子群発見、皮膚構造・バリア機能・2/17/1型炎症に関連

取得した遺伝子発現データに対して、非負値行列因子分解(Non-negative Matrix Factorization:NMF)という教師なし機械学習アルゴリズムを用いて解析を行った。NMFは、多数の遺伝子の発現データから、特定の状態で一緒に働く(=共発現する)遺伝子群を抽出する手法である。何万もの遺伝子による高次元データを、少数の要素に要約する”次元圧縮”としても機能し、各サンプルにどの遺伝子群がどの程度関与しているかを明らかにする。

この解析により、仮説や事前知識に依存せず、AD患者の皮膚の潜在的な共発現パターンを抽出した。解析の結果、29個の遺伝子群を同定し、これらを「SKIn-Tissue derived Metagenes(SKITm)」と名付けた。同定された29個のSKITmには、毛穴や汗腺など皮膚の構造に由来する遺伝子群や、皮膚のバリア機能や2型炎症、17型炎症、1型炎症に関連する既知のAD関連遺伝子群に加えて、従来あまり注目されてこなかった新規遺伝子群も含まれており、複雑な疾患病態に対する理解を深める上で新たな知見を提供するものだった。

皮膚症状ごとの特有遺伝子群が判明、血中サイトカインで皮膚炎症推定できる可能性も

紅斑(赤み)、浸潤(皮膚の盛り上がり)、苔癬化(ごわごわとした皮膚)、そう破痕(引っかき傷)といった局所皮膚症状や、全身の重症度との関係を検討した結果、それぞれの症状に特有の遺伝子群が確認された。例えば、紅斑はSKITm17(2型炎症)やSKITm10(17型炎症)と、アミロイド苔癬(固いぶつぶつ)はSKITm11(1型炎症)と関連が認められた。

また、血中サイトカインとの関連解析では、血中EDN(好酸球由来ニューロトキシン)は皮膚SKITm17(2型炎症)と、血中CCL20(17型炎症関連サイトカイン)はSKITm10(17型炎症)と特異的に関連していた。さらに、ADの疾患活動性マーカーとして診療現場でも用いられている血中のCCL17(TARC)は、皮膚のSKITm17およびSKITm10のいずれとも関連していた。これらの結果により、血中のサイトカイン濃度を指標とした場合でも、皮膚局所の炎症状態を推定できる可能性が示唆された。

患者24人のデュピルマブ治療反応解析、反応不良群は治療前から17型炎症遺伝子高値

次に、2型炎症を選択的に抑制する分子標的治療薬デュピルマブの効果に着目し、24人のAD患者を対象とした縦断研究を実施した。まず、治療開始後6か月間における重症度の推移に基づき、患者を反応早期群、中間群、不良群の3群に分類した。

各群における治療前の皮膚遺伝子発現および血中サイトカイン濃度を比較したところ、SKITm10(17型炎症)や、今回新規に発見されたSKITm16(細胞外マトリックス)やSKITm5(転写因子)が、反応不良群の治療前の皮膚で発現量が変化していることがわかった。また血中ではCCL20(17型炎症関連サイトカイン)などが反応不良群で高いことがわかった。

また治療期間中の皮膚遺伝子発現量の推移を検証すると、SKITm17(2型炎症)は全群で速やかに抑制されたが、SKITm10(17型炎症)は反応不良群において治療前から高値を保っていた。これらの結果は、デュピルマブの効果が限定的となる症例において、残存する炎症経路や組織特異的な遺伝子異常を標的とした治療が有効な選択肢となる可能性を示唆している。

診断・治療選択支援や新規薬剤開発に期待

今回の研究では、ADにおける皮膚症状の多様性や治療反応の個人差に対し、非仮説駆動型の網羅的解析により、その分子基盤の一端を明らかにした。特に、症状ごとの遺伝子群の同定や治療前に予測可能な遺伝子のサインであるバイオマーカーの抽出は、個別化医療の実現に貢献する成果である。

今後は今回明らかになったバイオマーカーを活用した診断補助や治療選択支援の開発、さらには治療不応例に対する新規標的の探索や薬剤開発が期待される。「患者負担の少ない1mm全層皮膚生検を用いた手法は、他の皮膚疾患への応用可能性もあり、今後の臨床・創薬研究を支える基盤となると考えられる」と、研究グループは述べている。

 

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