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親しい人との死別による「悲観」が長引くと、他者との共感性が低下-NCNP

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2023年07月05日 AM11:36

死別による悲嘆で「」の調節が困難になるメカニズムは?

)は7月3日、親しい人との死別後に生じる悲嘆(グリーフ)症状の遷延が、他者への共感性に関わる脳回路の活動を低下させることを明らかにしたと発表した。この研究は、同センター精神保健研究所睡眠・覚醒障害研究部の吉池卓也室長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

死別は親しい人(愛着対象)の死に伴う絆の断絶を表し、著しい心理的苦痛や健康状態の悪化をもたらすことが知られている。死別に対する悲嘆反応が死別後1年以上続き、著しい苦痛や生活の質的低下を伴う状態は「遷延性悲嘆症」と呼ばれ、死別を経験した人の約10~20人に1人にみられると報告されている。しかし、この状態が通常の悲嘆、もしくはうつ病や心的外傷後ストレス障害といった他の精神疾患とどのように違うのか、生物学的には明らかにされていなかった。

研究グループは、「共感性」は他者の感情を感じ取る機能であり、親しい関係の形成・維持に重要な役割を担い死別後の生活の立て直しに影響すると考え、悲嘆が遷延するメカニズムとして、この共感性に着目した。共感性の重要な特徴として、「自分と背景が近い人に対して、より強い共感性を向ける」ということが挙げられる。これは社会的、遺伝的に近い親子間やパートナー間の絆を強化し、社会適応や生存確率を高めるのに重要だ。しかし、死別後に悲嘆が遷延した人では、共感性が故人に対して強く向けられたまま、存命家族に対しては適切に向けられないといった「共感性の偏り」が生じるのか、生じるのであればどのようなメカニズムで生じるのかは不明だった。

共感性が現在・未来における個体の社会適応を促す機能と考えると、故人への共感性を生前と同じように保つことは必ずしも合理的ではなく、存命家族、さらには他人に対して共感性を適切に向けることが重要と言える。しかし、遷延する悲嘆が共感性の調節を損なうメカニズムが存在するとすれば、これが死別後の社会適応を困難にする可能性がある。研究グループはこの疑問を明らかにすべく、研究を行った。

故人、存命家族、他人と「痛み」が関連付けられた画像を見た時の脳活動を定量化

研究では、1年以上前に近親者を亡くした成人を対象とした。参加者の半数は事故や殺人といった予期せぬ暴力的な状況で死別していた。参加者の日常生活における悲嘆症状を質問紙により定量化し、頭部MRIの撮像中に共感性課題を行い、参加者の共感性を定量化した。

この課題では、故人、存命家族、他人のいずれかの顔写真をサブリミナル刺激としてごく短時間のみ呈示し、その直後に不特定の人が痛みを受けている写真(例:手に注射針が刺さっている)を呈示することで、故人、存命家族、他人が痛みを受けている状況を疑似的に作り出し、これらを見た時の痛みの感じ方やその際の脳活動を定量化した。

同課題における仮説は「悲嘆に苦しむ人では故人の優先度が意図せずとも高くなり、故人の痛みを見ると共感回路が活発に働くのに、存命家族の痛みを見ても共感回路が働きにくいといった共感性の偏りが生じている可能性がある」というものだった。

1年以上経過後も悲嘆症状が強い人ほど、故人と関連する痛み画像で自身もより強く痛みを知覚

検証の結果、死別から1年以上経過しても悲嘆症状が強く残る人ほど、故人と関連付けられた痛み刺激に対してより強い痛みを知覚した。しかし、存命家族もしくは他人と関連付けられた痛み刺激に対する痛みの知覚に悲嘆症状との関連はなかったという。これは、悲嘆症状が故人への共感性を選択的に強めることを示唆している。

悲嘆症状、存命家族や他人と関連する痛み画像への共感性は低下させる

また、悲嘆症状が強く残る人ほど、存命家族や他人と関連付けられた痛み刺激に対する前部帯状回をはじめとする内側前頭葉の活動が低下した。しかし、故人と関連付けられた痛み刺激に対する脳活動に悲嘆症状との関連も見られなかったという。前部帯状回は他者が苦痛を感じているのを見ると活性化する代表的な脳部位であり、悲嘆症状が存命家族や他人への共感性を潜在的に弱めることを示唆している。

他者や現実との結びつきが損なわれる症状が他人への共感性に関わる脳回路を不活性化

悲嘆症状として最も一般的なのは、故人を追い求める症状だが、故人の死を想起させる物事を避ける、他人を信頼することが難しい、死別後の生活に現実感がないといった、他者や現実との結びつきが損なわれる症状も第2の悲嘆症状として重要だ。

予備的な検討の結果、故人への共感性を強めるのは故人を追い求める症状だったが、存命家族や他人への共感性に関わる脳回路を不活性化させるのは、他者や現実との結びつきが損なわれる症状だったとしている。

他者や現実との結びつきを回復させる支援が生活機能低下の軽減につながる可能性

今回の研究成果により、遷延する悲嘆症状が本来近親度の高い存命家族への適切な共感行動を困難にする神経基盤の存在が示唆された。さらに、悲嘆症状として典型的に現れる故人を追い求める症状の緩和のみならず、他者や現実との結びつきを回復させる支援が、共感性の偏りを和らげ、愛着的絆のネットワークの更新を促し、生活機能の低下を軽減する手立てになることも示唆された。

「今後、遷延性悲嘆と社会認知の関連性をさらに検討することで、より具体的な支援策への示唆が得られると期待される」と、研究グループは述べている。

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