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難治性の脳動脈瘤、分子標的薬開発につながる体細胞遺伝子変異を同定-理研ほか

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2023年06月16日 AM11:25

脳動脈瘤と体細胞遺伝子変異との関連、ほとんど明らかにされていない

(理研)は6月15日、ヒトの脳動脈瘤検体から脳動脈瘤の発生に重要な体細胞遺伝子変異を同定し、遺伝子導入によるマウス脳動脈瘤新生・抑制モデルを初めて樹立したと発表した。この研究は、理研脳神経科学研究センター神経動態医科学連携研究チームの島康之上級研究員(研究当時)、中冨浩文チームリーダー(兼 杏林大学医学部脳神経外科学教授)、太田仲郎客員研究員、脳神経医科学連携部門の岡部繁男部門長(兼 東京大学大学院医学系研究科神経細胞生物学分野教授)、生命医科学研究センターがんゲノム研究チームの笹川翔太研究員、中川英刀チームリーダー、東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻脳神経外科学分野の齊藤延人教授、山梨大学医学部生化学講座第一教室の金然正特任助教、大塚稔久教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Science Translational Medicine」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

脳動脈瘤は、破裂によりくも膜下出血を引き起こしたり、徐々に膨らみ大脳や脳幹部を圧迫したりするなど、生命を脅かす最も危険な脳卒中疾患の一つである。年齢、性別、飲酒などに加え、家族歴が非常に重要なリスクファクターであることが知られているが、家族性脳動脈瘤とわかっているケースは全体の10%にすぎない。日本人の約5%が未破裂脳動脈瘤に罹患するが、その発生過程や破裂してくも膜下出血へ至る病理病態についてはこれまでほとんど知見がなかった。子に遺伝する可能性のある胚細胞変異やその他の遺伝的リスクファクターと脳動脈瘤発生の関係については、最近ようやく大規模なゲノムワイド関連解析が始まったばかりである。

また、後天的に発生する体細胞遺伝子変異と脳動脈瘤発生の関係についての情報はさらに限られている。これまでの報告の大半は血管奇形に関するもので、脳動脈瘤発生との直接的な因果関係を示すがん関連遺伝子についての報告はほとんどなく、全く形状の異なる脳動脈瘤である「嚢状動脈瘤」(脳動脈瘤全体の90%以上、風船のような形)とよりまれな「紡錘状動脈瘤」(ラグビーボールのような血管拡張で脳動脈瘤全体の10%弱)それぞれに体細胞遺伝子変異がどう関与しているかは、これまで明らかにされていなかった。

現在、脳動脈瘤の治療法は開頭手術または血管内カテーテル治療という二択しかない状況である。特に巨大・大型血栓化紡錘状脳底動脈瘤は、特別な治療をしなかった場合、予後は極めて不良である。いったん発症してしまうと、破裂、脳幹梗塞、脳幹機能不全によって、平均5.5年で91%が死亡、残る9%も重度の後遺症を患うことが知られている。確立した外科的治療はなく、さまざまな外科的処置を組み合わせても、治療後自立して日常生活ができるケースは65~73%、予後不良は3~15%、死亡は20~24%という状況である。

65症例の脳動脈瘤検体、NF-κB経路を含む405遺伝子に体細胞遺伝子変異を発見

今回研究グループは、紡錘状動脈瘤と嚢状動脈瘤の病態に関する新たな知見を取得すべく研究に取り組んだ。まず、次世代シークエンサーを用いて、外科手術時に摘出されたヒトの脳動脈瘤検体(65症例)の網羅的な遺伝子解析を行い、405個の遺伝子に体細胞遺伝子変異(以下、変異)が起きていることを発見した。PDGFRβ遺伝子以外の遺伝子と脳動脈瘤との関連性が確認されたのは初めてである。また、パスウェイ解析を含むさまざまな遺伝子相関解析法を駆使して405個の遺伝子同士の関係性を分析し、その中の112個の遺伝子の変異が相互に脳動脈瘤の発生に関与していることを見出した。そして、これらの遺伝子変異の多くががん関連遺伝子であること、特に高頻度(解析した検体の92%)で変異が見られた16個の遺伝子が炎症反応や腫瘍形成に関わる「NF-κBシグナル伝達経路」に関連していることを見出した。また、これら16遺伝子のうち6個の遺伝子には、紡錘状動脈瘤と嚢状動脈瘤の両方に共通で変異が見られた。

難治性の脳動脈瘤、ペリサイトにPDGFRβ遺伝子の変異が発生

さらに、最も難治性の脳動脈瘤にはPDGFRβ遺伝子の変異が選択的に発生していることが明らかになった。脳動脈瘤検体の臨床データと遺伝子解析の結果を照らし合わせたところ、予後不良の紡錘状動脈瘤11症例のうち4症例(約36%)がPDGFRβ遺伝子の変異を伴っていた。また、これまで変異に関する報告がなかった嚢状動脈瘤のうち、最も難治性である20mm以上の大型・巨大嚢状動脈瘤(最大径10mm以上は大型、最大径25mm以上は巨大と定義される)では、3症例中2症例(約67%)にPDGFRβ遺伝子の変異が起きていた。

次に、変異のある動脈瘤検体のどの細胞にPDGFRβ遺伝子変異が起きているかを調べた結果、動脈瘤の外膜側にある、血管壁の幹細胞と考えられるペリサイトに変異が多いことを確認した。PDGFRβは受容体チロシンキナーゼの一種で、変異が起きると自己リン酸化が亢進され活性化し、シグナル伝達経路の下流に位置する遺伝子の発現に影響するといわれている。こうした自己リン酸化を伴ったペリサイトの増殖・肥厚は、PDGFRβ遺伝子変異のある紡錘状、嚢状動脈瘤の両タイプの脳動脈瘤組織で確認された。また、これらの検体では、PDGFRβ遺伝子および炎症に関わる遺伝子の発現も亢進していることがわかった。

スニチニブ投与により、ヒト細胞株でPDGFRβ遺伝子変異による自己リン酸化活性を抑制

この結果を受け、PDGFRβ遺伝子変異によって亢進されるシグナル伝達を阻害する薬剤を探索した。PDGFRβを含む受容体チロシンキナーゼをターゲットとした多数の阻害剤ががん治療を目的に開発されていることに着目し、PDGFRβ遺伝子が変異したヒト細胞株に、腎がん治療薬のチロシンキナーゼ阻害剤であるスニチニブを投与したところ、この阻害剤が自己リン酸化活性を抑えることを見出した。

PDGFRβ遺伝子の変異による脳動脈瘤化、スニチニブ投与で抑制されるマウスモデルを樹立

最後に、ヒトで検出されたPDGFRβ遺伝子の変異が、マウスでも脳動脈瘤化を誘発するかを検証するため、PDGFRβ遺伝子の変異型(p.K559_R562del[559番目のリジンから562番目のアルギニンまでが欠失した変異])をウイルスベクターで脳動脈血管壁に導入した。すると、変異型遺伝子導入の28日後にはマウス脳底動脈に紡錘状動脈瘤様の変化(血管径拡張)が起こることを確認した。さらに、このマウスモデルにおいて、スニチニブの投与によって動脈瘤化が抑制できることがわかった。このようにして、遺伝子導入によるマウス脳動脈瘤新生・抑制モデルを初めて樹立した。

がんで期待される分子標的薬、脳動脈瘤に対しても治療薬となる可能性

今回脳動脈瘤検体で変異が多く見られた16個の遺伝子の多くはがん関連遺伝子であり、この中には既に固形がんで発生原因として同定され、・低分子化合物の開発が進んでいる遺伝子が存在する。従って、こうしたがんゲノム医療において治療効果が期待される薬が、脳動脈瘤の発生・増大・破裂予防に対しても治療効果を持つ可能性がある。今後、今回示されたスニチニブ投与による動脈瘤化阻害効果が、大型哺乳動物、そして臨床試験で検証された場合、全く新しい脳動脈瘤治療薬の実用化につながることが期待できる。「これまでは開頭手術または血管内カテーテル治療しかなかった動脈瘤治療の現場において、薬物療法という第三の選択肢の可能性が開かれることから、本研究成果の社会的意義は非常に大きいと考えられる」と、研究グループは述べている。

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