リンパ系を利用した新規薬物送達法「LDDS」を最適化するには?
東北大学は5月23日、抗がん剤カルボプラチンによる新たな転移リンパ節治療法を確立したと発表した。この研究は、同大大学院医工学研究科の小玉哲也教授と宮津美里有・大学院生、同大大学院歯学研究科のAriunbuyan Sukhbaatar助教、多元物質科学研究所のDorai Arunkumar准教授との共同研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」(電子版)に掲載されている。

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がんのリンパ節転移は、再発や遠隔転移に先行する重要な過程であり、これを早期に制御することが患者の予後改善に直結する。従来の全身化学療法では、転移リンパ節に対する選択性が乏しく、正常組織への影響による強い副作用が避けられないことから、より選択的かつ低侵襲な治療手法の開発が求められている。
LDDSは、同研究グループが確立したリンパ系を利用した新規薬物送達法であり、転移リンパ節への選択的な薬物集積を可能とし、局所的な作用により高い抗腫瘍効果を発揮する。このLDDSの特性を最大限に引き出すためには、投与回数、注入速度、溶媒の浸透圧・粘度といった投与条件の最適化が必要とされる。
LDDSでの抗がん剤1回投与、転移リンパ節への有効性あるも腫瘍再増殖も確認
研究グループは、ヒトと同等の大きさのリンパ節を有するリンパ節転移モデルマウスを用い、リンパ節を介して薬剤をリンパネットワークに送達するLDDSの開発に取り組んできた。
小玉教授らの先行研究では、LDDSを用いることで転移リンパ節に薬剤が選択的に集積し、局所的な抗腫瘍効果を発揮するとともに、静脈内投与にともなう全身毒性が軽減されることが示されていた。実際に、LDDSによるシスプラチンやフルオロウラシルの投与では、従来の静脈内投与と比較して、転移リンパ節に対する優れた治療効果が報告されている。
一方で、抗がん剤を1回投与したマウスでは、一時的に腫瘍が消失しても、再発的に腫瘍が再増殖する現象が確認されており、長期的な治療効果の観点からは、投与条件のさらなる最適化が課題とされてきた。
高浸透圧・高粘度カルボプラチン2回投与で、腫瘍増殖の抑制を確認
研究グループは今回、これまでの成果をふまえ、転移リンパ節に対するカルボプラチンの浸透圧・粘度調整の有効性と、投与条件(回数・注入速度)との関係を検討した。その結果、高浸透圧・高粘度(1897kPa・12mPa·s)のカルボプラチンを10 µL/minで2回投与することで、薬剤のリンパ節内の貯留性が最も高まり、最大42日間にわたって腫瘍の増殖を抑制できることを明らかにした。
さらにこの投与条件では、CD8陽性T細胞の浸潤や、IFN-γおよびIL-12αの発現上昇も認められ、免疫応答の活性化を伴う治療効果であることが示された。
身体的負担の軽減と高い安全性を兼ね備えた「低侵襲がん治療」の実現に期待
今回の研究により、カルボプラチンを用いたLDDSが転移リンパ節に対して長期的な治療効果を発揮するための最適な投与条件(投与速度、回数、溶媒の浸透圧・粘度)が明らかとなった。
「これらの条件の詳細な検討に加え、他の抗がん剤や免疫調節薬との併用による、より効果の高い治療法の開発を進めていく。また、治療後における免疫応答の変化や個体差の解析を通じて、患者ごとの病態に応じた、より個別化されたリンパ節転移治療法の確立を目指す。LDDSは少ない投与回数で高い治療効果を発揮できる点から、身体的・経済的負担の少ない優れたがん治療法である。今後は、さらにその安全性と有効性の検証をおこない、臨床応用を進めていく」と、研究グループは述べている。
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