常位胎盤早期剥離6,947件、暑さ指数データで解析
東京科学大学は5月21日、夏季の日本全国において「暑さ指数(WBGT)」が高かった日の翌日に、常位胎盤早期剥離が発生するリスクが一時的に高まることを示したと発表した。この研究は、同大大学院医歯学総合研究科公衆衛生学分野の寺田周平助教と藤原武男教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「BJOG:An International Journal of Obstetrics & Gynaecology」に掲載されている。

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常位胎盤早期剥離は、出産の約1%に発生するとされる緊急性の高い妊娠合併症。胎盤が出産前に子宮からはがれることにより、大量出血を引き起こし、産科危機的出血による妊産婦死亡原因の約1割(第2位)を占める。さらに、子どもにとっても深刻な影響があり、脳性まひの最も多い原因とされている。これまでに、高血圧、喫煙、外傷などの医学的なリスク因子は明らかにされてきた。一方、「高温」や「湿度」といった気象条件がどのように影響するかについては、ほとんど解明されていなかった。
そこで今回の研究では、2011~2020年に日本全国11地域で登録された6,947件の常位胎盤早期剥離の症例と、同期間におけるWBGTのデータを用いて解析を行った。
剥離リスク、「非常に暑い日」翌日に上昇/翌々日には低下
その結果、地域ごとの夏季WBGTが95パーセンタイルを超えた「(その地域における)非常に暑い日」の翌日に、剥離のリスクが有意に上昇すること(リスク比1.23、95%信頼区間:1.11–1.39)が明らかになった。一方、その翌々日にはリスクが有意に低下しており(リスク比0.84、95%信頼区間:0.74–0.95)、1週間全体で見るとリスクの上昇は相殺されていた。これは、もともと数日後に発症するはずだった症例が、猛暑によって発症のタイミングが前倒しになった可能性を示唆する結果と言える。
妊娠高血圧症候群あり・発育不全の妊婦、猛暑の影響さらに強く
また、妊娠高血圧症候群を有する妊婦(リスク比1.57)や、胎児の発育が不良(発育不全)な妊婦(リスク比1.47)では、猛暑による影響がさらに強く見られた。
熱中症警戒アラートと連動の妊婦向け情報発信など、支援が求められる
今回の研究は、猛暑が妊娠中の重大な合併症である常位胎盤早期剥離の発症タイミングを早める可能性を、全国規模で初めて明らかにした。この疾患では、初期対応が早ければ妊婦や子どもの命を守れる可能性が高まるため、非常に暑い日の直後には、出血や腹痛などの初期症状に注意を払うことが重要である。今後は、妊婦も高齢者や子どもと同様に「暑さによる健康影響を受けやすい人」として、社会全体で支えるべき対象であるという認識が広がることが期待される。たとえば、熱中症警戒アラートと連動した妊婦向けの情報発信や、通院・外出のタイミングの見直しなど、新たな支援や行動が求められる。こうした取り組みを通じて、気候変動時代における安心な出産環境の構築に貢献することが期待される。
今後は、WBGT(暑さ指数)と妊婦の健康リスクとの関連をさらに明らかにするため、屋内外の生活環境や行動パターン、住居の構造、通勤手段など、個々の暮らしの要素を含めた詳細な解析が求められる。また、暑さによって妊婦の体内でどのような生理的変化やストレス反応が生じるのか、そのメカニズムの解明も重要だ。気候変動の影響が避けられない中で、妊婦が安心して暮らせる社会環境を実現するために、今後も科学的エビデンスの蓄積を進めていく、と研究グループは述べている。
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