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双極性障害、体細胞モザイクとミトコンドリアのヘテロプラスミーが関連-順大ほか

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2023年06月01日 AM11:26

モザイク変異と双極性障害との関連を探索

順天堂大学は5月30日、双極性障害の病態機序として、発生初期に生じる体細胞モザイク変異、特に、神経発達障害の原因遺伝子上のモザイク変異が関与する可能性があることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科精神・行動科学の西岡将基准教授、加藤忠史主任教授、理化学研究所脳神経科学研究センターの高田篤チームリーダーらの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Psychiatry」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

双極性障害は、気分の落ち込みや興味・喜びの喪失を主症状とする抑うつ状態と、気分の高揚や過活動を主とする躁状態を繰り返す主要な精神疾患の一つ。人口の約1%の人が罹患する比較的頻度の高い疾患であり、うつ状態での苦しみに加え、躁状態では周りとの関係を壊してしまったりすることがある。本人や家族、周囲の人々に大きな影響を及ぼすことから、多くの場合、継続的な治療が必要になる。しかし、病態は未知な点が多く、解明が望まれている。双極性障害の治療に用いる薬剤には炭酸リチウムなどがあり、これらにより大きく改善する人もいるが、現在の薬物療法が有効ではない場合や、腎機能障害などの副作用から使用が難しいなどの課題がある。これまでの治療薬は偶然有効性が確認されたものが多く、病態を理解した上で開発されたわけではないことから、病態を解明し、革新的な治療・予防法の開発が求められている。

双極性障害では血縁者にも同じ疾患が見られることが多く、遺伝情報が発症や病態に関与すると考えられている。一卵性双生児における双極性障害の一致率は58~87%であることから、遺伝情報によって疾患原因の多くを説明できると考えられ、これまで多くの遺伝学的研究が行われてきた。これまでは遺伝学的解析として、両親から子どもに伝達される多型・変異や、両親にはなく子どもにのみ検出される「デノボ変異」に注目した生殖系列における遺伝学的情報の解析が主に行われてきた。一方、ヒトの体には受精卵から発生・発達の過程で生じる体細胞性の「モザイク変異」が細胞分裂あたり1から数個出現しており、生理的にもこのようなモザイク変異が個々人の体に蓄積していることが知られている。体細胞性の変異というと、がんの原因としてよくその現象が知られているが、実際には健康なヒトの体にも無数の変異が存在している。しかし、がん以外の疾患との関連は未知の部分が多く、疾患にもたらす影響には調査が必要だった。そこで研究グループは今回、モザイク変異と双極性障害との関連を探索した。

末梢試料から初期発生モザイク変異を探索、トリオ解析で90%以上の精度実現

モザイク変異の中でも、初期発生で生じたモザイク変異は、脳や末梢試料に分化する前に生じるため、さまざまな臓器に共通して存在する。精神疾患に関連するモザイク変異については、脳試料から検出することが最適ではあるが、双極性障害患者由来の死後脳試料は国際的にも少なく、国内にも限られた数しかないため、十分なサンプルサイズでの検証が難しい状況だ。そこで、初期発生で生じたモザイク変異が脳や末梢試料などさまざまな臓器で共通して存在することに注目し、唾液・血液という末梢試料を用いて、初期発生モザイク変異を標的として解析を行った。

研究グループのこれまでの研究で「重篤な発達障害の原因遺伝子におけるモザイク変異が双極性障害に多い」ということが示唆されており、今回の研究は同仮説を検証することを目的に、双極性障害研究ネットワークによって募った235人の双極性障害患者と39人の対照者の唾液や血液などの末梢試料からDNAを抽出し、エクソームシーケンス(エクソン領域の全体を網羅的に解析する方法)を用いてDNAの配列を決定し、モザイク変異の検出を行った。

モザイク変異は、一部の細胞のみに存在する変異であり、全ての細胞に共通する生殖系列変異に比べると検出が難しく、特にシーケンス解析のエラーとの鑑別が容易ではない。そこで、194人の双極性障害の参加者については、両親にも参加を依頼し、そのシーケンスデータを用いることで、伝達される生殖系列変異などの偽陽性所見を除去し、精度高くモザイク変異を検出する手法を用いた。発端者とその両親のトリオのデータを用いることで90%以上の精度を実現し、低割合モザイク変異の検出としては国際的にも高い精度で解析を行うことが可能となった。

双極性障害は、神経発達障害原因遺伝子上の機能障害モザイク変異「多」

まず、194の双極性障害患者トリオ家系(患者とその両親)のシーケンスデータに対して品質管理を行い、高品質と確認された190トリオから、合計162個の高精度なモザイク変異を検出した。これらのモザイク変異の特徴を調べると、重篤な発達障害原因遺伝子上の機能障害モザイク変異が双極性障害患者に多いことがわかり、当初の仮説を支持するデータが得られた。この特徴は、対照データには認められず、双極性障害のモザイク変異に特徴的と言える結果だった。重篤な発達障害だけでなく、自閉症の原因遺伝子にも同様の特徴が確認されたという。

ARID2の機能喪失変異、生殖系列変異はCoffin-Siris症候群/モザイク変異は双極性障害

さらに、重篤な発達障害原因遺伝子上の機能障害モザイク変異の中でも、ARID2という遺伝子上の機能喪失変異が検出された。この変異は、疾患原因変異データベースにおいてCoffin-Siris症候群という神経発達障害で生殖系列変異として登録されているものと同じ変異であることから病原性が十分想定できた。つまり、この変異については「生殖系列変異として生じるとCoffin-Siris症候群をもたらし、モザイク変異として生じると双極性障害をもたらす」という可能性が考えられた。その他にも同様のモザイク変異が複数見つかり、このような重篤な発達障害・自閉症の原因遺伝子における機能障害性の変異を集めると、遺伝子にコードされるタンパク質が密接に結合してネットワークを形成することが判明。つまり、双極性障害において、このような遺伝子の変異が病態の一部を構成している可能性があるという。190トリオ以外の41人の双極性障害患者試料についてもモザイク変異を探索したところ、3人から発達障害原因遺伝子における機能障害性の変異が検出された一方、対照者39人には検出されず、仮説に支持的な結果となった。

双極性障害ではミトコンドリア遺伝子のうち「tRNAのヘテロプラスミー変異」が多いと判明

次に、ミトコンドリアゲノムにおけるモザイク状の変異も同様に調べた。ミトコンドリアは細胞核とは独立して細胞内に多数あるが、全てのミトコンドリアに共通するホモプラスミー変異と、一部のミトコンドリアにしかないヘテロプラスミー変異があり、ヘテロプラスミー変異がモザイク状に存在する変異にあたる。今回の研究では、190トリオから33個のヘテロプラスミー変異を検出した。ミトコンドリアDNAは、13個のタンパク質をコードする遺伝子と、22個のトランスファーRNA(tRNA)をコードする遺伝子、2個のリボソームRNA(rRNA)をコードする遺伝子を持っており、研究グループは、ミトコンドリアDNA上の変異を、タンパク質をコードする遺伝子のうちアミノ酸配列を変えない変異(同義変異)、タンパク質をコードする遺伝子のうちアミノ酸配列を変える変異(非同義変異)、tRNA変異、rRNA変異の4種類に分類し、それぞれについて生殖系列として継承されるホモプラスミー変異と比較した。その結果、同義変異・非同義変異・rRNA変異の割合は差がなかったものの、tRNA変異については、ヘテロプラスミー変異において割合が多いということがわかった。

tRNA変異は他の変異に比べると病原性を持ちやすく、そもそもホモプラスミーであるよりヘテロプラスミーとして存在しやすいという特徴がある。そこで、tRNAのヘテロプラスミー変異について、双極性障害と他の一般集団データを比較して、双極性障害における特徴を調べた。まず、日本人ゲノムの大規模データである東北大学東北メディカルメガバンク(ToMMo)のデータと比較したところ、双極性障害トリオではtRNAの変異が多い一方で、ToMMoトリオではそのような傾向は見られなかった。英国からの一般集団を用いた報告と比較しても、双極性障害トリオではtRNAの変異が多い一方で比較対照ではそのような傾向は見られず、双極性障害においてtRNA変異が多いということが示唆された。特に、機能障害性と予測されるtRNA変異ではより双極性障害における頻度が高いという結果だった。ここから、トリオに限らず235人の双極性障害参加者と39人の対照者の参加者全体で比較したところ、前者では15人でtRNAにおけるヘテロプラスミー変異が検出された一方で、後者では0人だった。この結果も、同結果を支持するデータだとしている。

ミトコンドリア病の症状を持たない双極性障害にも「m.3243A>G変異」が関連

tRNA変異の中でも、「m.3243A>G変異」という変異が独立した2人の双極性障害参加者から検出された。235人のうち、同じモザイク状の変異が検出されたのは、このm.3243A>G変異だけだったという。m.3243A>G変異は、重篤な神経発達障害の一つと言えるミトコンドリア病MELASの原因変異として知られているが、同研究で検出されたヘテロプラスミー変異は全DNAの5~15%で検出され、MELASではその割合が20%以上と差がある。つまり、変異の存在割合によって症状・経過に差が生じることが予想された。

このm.3243A>G変異が一般集団よりも双極性障害で多いか否かを大規模一般集団データ(日本人ゲノムデータであるToMMo、その他の国際ゲノムデータ)と比較したところ、双極性障害では一般集団よりもm.3243A>G変異の頻度が高いと考えられた。ミトコンドリア病をもつ患者では双極性障害の症状をもつ患者の割合が一般集団よりも高く、特にm.3243A>G変異をもつミトコンドリア病MELASの患者においてその割合が多いことが知られているが、ミトコンドリア病の症状を持たない双極性障害においても、m.3243A>G変異が関連している、ひいては原因となっている可能性が考えられた。

確証的な知見を得るには十分な数の参加者にて検証を行うことが必要

同研究では、高深度エクソームシーケンスを用いて「重篤な神経発達障害の原因遺伝子におけるモザイク変異が双極性障害に多い」という仮説に支持的なデータを得ることができた。つまり、生殖系列変異として生じると重篤な神経発達障害をもたらすような変異が、体細胞モザイク変異として生じた場合、双極性障害をもたらすのではないかということが考えられる。ミトコンドリアtRNA変異についても同様に、高い割合で存在する場合には重篤なミトコンドリア病をもたらし、相対的に低い割合で存在する場合には、双極性障害をもたらすという可能性が考えられる。従来別々の疾患とされていたものの背景に共通する因子があるとすれば、疾患横断的な病態理解・治療方法の開発が可能になると考えられる。

今回の研究により、双極性障害の遺伝学的構造として、体細胞モザイク変異が関連している可能性があることが示され、特に、神経発達障害遺伝子上のモザイク変異やミトコンドリアtRNAヘテロプラスミー変異が注目すべき対象であることが見出された。同研究は、双極性障害の病態理解に貢献するものだが、限界もある。

「本研究では唾液や血液など末梢試料を使用しており、血液のみにみられるモザイク変異も一定割合で混じっていると考えられる。最終的には脳試料を用いて、今回の知見を検証していく必要がある。また、双極性障害モザイク変異研究としては国際的に最大の参加者で研究を行うことができたが、対照との比較という意味では十分なサンプルサイズでの検証は行えておらず、確証的な知見を得るには十分な数の参加者にて検証を行う必要がある」と、研究グループは述べている。

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