高齢期に始めた楽器練習、4年後に楽器継続/中止で比較検証
京都大学は6月30日、高齢期(平均年齢73歳)に始めた楽器練習を継続することが、4年後の認知機能、脳構造、脳機能の加齢による低下を防ぐことを示したと発表した。この研究は、同大大学院総合生存学館の積山薫教授(研究当時、現:京都大学野生動物研究センター特任教授)、王雪妍博士課程学生(研究当時、現:電子科技大学附属病院研究員)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Imaging Neuroscience」にオンライン掲載されている。

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高齢期には、記憶などの認知機能が低下しがちである。高齢期の認知機能維持にとって、楽器練習は有望な趣味であると考えられている。研究グループの過去の研究により、高齢期に初めて楽器の練習を4か月おこなうと、記憶成績が向上し脳の被殻という部位の機能が向上する可能性が示唆されていた。一方、このような短期的な向上は単に新しいことを始めることの効果と区別がつきにくいことから、より長期的に楽器練習との因果関係を調べる研究が望まれていた。
そこで、今回の研究では、高齢期に始めた楽器練習を3年以上継続することの効果を、継続しなかった人たちとの4年後のデータを比較することで検証した。今回、2020年に発表した楽器介入研究に参加した人たちに再度の参加を依頼(当初の平均年齢73歳)。趣味活動の場である公共施設を利用していたそれらの参加者のうち、約半数は研究参加を契機に始めた楽器練習を継続しており(継続群)、残る約半数は楽器練習をやめて他の趣味に移行していた(中止群)。今回は、2020年の研究と同じ検査のセット(認知機能検査、MRI脳画像など)を再度実施するとともに、新たに「言語的ワーキングメモリ課題」を用いたfMRI脳機能計測も実施した。認知機能検査では、楽器練習の効果が現れやすいと考えられる言語的ワーキングメモリ課題(数唱、語流暢性)の合成得点に焦点をあてた。脳のMRI構造画像の解析においては、楽器の練習と特に関連が深くワーキングメモリとも関連する大脳基底核と小脳を関心領域とした。
ワーキングメモリとは、一時的に情報を保持しながら、その情報を処理・操作する脳の機能のこと。会話、読み書き、計算、買い物、料理、物事の段取りなど、私たちの日常生活や学習におけるあらゆる認知活動で、情報を保持しながら処理するワーキングメモリの機能が欠かせない。ワーキングメモリは加齢による影響を受けやすく、高齢者では若い時に比べたワーキングメモリ機能の低下が一般的である。
中止群は言語的ワーキングメモリ成績低下・右被殻の萎縮、継続群では見られず
研究の結果、継続群(13人:女性10人、男性3人、平均年齢77.85歳)と中止群(19人:女性13人、男性6人、平均年齢76.00歳)は、当初の認知機能や脳構造には差がなかったものの、4年後には違いが見られた。中止群では、4年後に言語的ワーキングメモリの成績が低下し、右の被殻(大脳基底核の一部)の灰白質体積が減少していたが、継続群ではそのような成績低下や被殻の萎縮がなかった。そして、この右被殻の灰白質体積が4年にわたって減少していない人ほど、言語的ワーキングメモリ成績が低下していなかった。
継続群、両側小脳の高活動領域が広範囲で
さらに、4年後に導入された言語的ワーキングメモリ課題中のfMRI脳機能計測では、両側の小脳において、継続群の方が中止群より高い活動を示す領域が広範囲に観察された。
被殻や小脳は健常加齢によって萎縮や活動低下が見られやすい脳部位として知られ、ワーキングメモリは認知機能の中でも特に加齢の影響を受けやすい機能であることから、今回の結果は、健常加齢による脳・認知の低下を楽器練習によって防げる可能性を示している。高齢で楽器を始めても遅くないこと、ただし継続することが重要であること、が今回わかったことである。
今後、大人数/楽器の種類ごとの効果の検証が求められる
今回の研究では、再度の参加依頼に応じてくださった参加者が少なく、より大人数の研究でも検証されることが望まれる。また、用いた楽器が鍵盤ハーモニカであり(コロナ禍の時期からは電子ミニピアノを使用)、他の楽器でも同様の効果となるのかは不明である。さらに、楽器演奏は、「社会的交流」の側面と、「認知訓練」としての側面があり、どちらの効果による結果なのかはこの研究からはわからない。しかし、それらを含んだプログラムとしての楽器練習の効果が長期的に示されたことは、実践的な意義が大きいと考えている、と研究グループは述べている。
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・京都大学 プレスリリース