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急変する環境での集団意思決定パフォーマンスを改善する仕組みを解明-東大ほか

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2025年12月05日 AM09:20

VS型とDB型が相互作用する集団で、両者がどのように機能するのかは不明だった

東京大学は11月25日、集団が急激な環境変化に柔軟に対応できるための認知・行動メカニズムを理論的に解明したと発表した。この研究は、同大大学院人文社会系研究科社会文化研究専攻の菅沼秀蔵大学院生、産業技術総合研究所・人間情報インタラクション研究部門の片平健太郎研究グループ長、総合研究大学院大学・統合進化科学研究センターの大槻久教授、明治学院大学情報数理学部・情報科学融合領域センターの亀田達也教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「PNAS(米国科学アカデミー紀要)」に掲載されている。


画像はリリースより
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自分以外の他の個体から学習する「社会学習」は、ヒトを含む幅広い動物種で見られる現象である。SNS上の投稿や商品のレビュー、先生や年長者からの教育的な指導、専門家の見解などのさまざまな社会的情報は、優れた意思決定を下すための重要な情報源である。また、アリやミツバチなどの社会性昆虫も、フェロモンの分泌や「8の字ダンス」などのメカニズムを通じて個体間で互いに影響を与え合いながら、効率的な採餌を行うことが知られている。このように、社会学習は集団としてより良い意思決定を行うための重要な要因だが、社会的影響はときに環境の変化に対する人々の柔軟性を損ない、劇的なまでの「集合愚」をもたらす可能性がある。

これまでの認知神経科学の研究では、強化学習の枠組みに基づいてヒトの社会学習の仕組みを数理的にモデル化することが試みられてきた。近年では特に「価値形成(value shaping; VS)型」と「決定バイアス(decision biasing; DB)型」という2つの計算アルゴリズムの類型が注目を集めている。

VS型の社会学習では、ヒトは多くの人々が選択した「人気の選択肢」を、本当に価値の高い選択肢として評価する。例えば、人気のレストランの料理をそのまま美味しいと感じるといった評価の仕方である。これに対し、DB型の社会学習では、「人気の選択肢」を選びやすくなる一方で、選択肢の価値は人気ではなく、自分の実際の経験だけに基づいて評価する。例えば、人気のレストランに自分も出かける一方、料理の味そのものは「自分の味覚」だけで独立に判断するという評価の仕方である。

VS型のアルゴリズムでは、他者の行動は選択肢の価値を評価するための「擬似的な報酬」として利用される。これに対し、DB型のアルゴリズムでは、他者と同じ選択を取りやすくなる一方、選択肢の評価は自己の経験のみに基づくのが特徴である。これら2つのアルゴリズムはいずれも適応的な意思決定を実現すると考えられるが、相互作用する集団において両者がどのように機能するのかは、これまで明らかにされていなかった。また、実験研究ではヒトの社会学習が概してVS型のアルゴリズムで説明されることが示されてきたが、同時に個人差の存在も示唆されており、その由来に対する理論的な説明はなされていなかった。

安定した環境にマッチするのはVS集団だが、急速な環境変動にはDB集団が柔軟に順応

そこで研究グループは、多数派同調(集団内の多数派から優先的に学習するバイアス)、情報共有のメカニズム(全個体の選択が全て共有される状況か、正の報酬を獲得した個体の選択のみ共有される状況)、および集団サイズ(ペア~100人集団)を体系的に操作し、2つの社会学習アルゴリズムに従うエージェント(行為者)から成る集団の意思決定パフォーマンスを調べた。

エージェントベースシミュレーションを実施した結果、VS集団は安定した環境において優れた選択肢に迅速に収束する一方、急速な環境変動に対してはDB集団がより柔軟に対応できるというトレードオフの関係が明らかになった。特に、多数派による社会的影響が強い状況において、VS集団は環境の変化にうまく対応できないことが示された。つまり、DB型のアルゴリズムに従うエージェントは多数派からの影響が強く受ける条件でも環境の変化に柔軟に対応することができたが、VS型は「時代遅れの選択肢」に固着してしまい、パフォーマンスを大きく下げることが明らかになった。

この結果は、急激に変化する現代のネット空間に特徴的な大規模な相互作用場面において、ほとんどの人々がデフォルトで採用しているVS型の社会学習の仕方が脆弱である可能性を浮き彫りにしている。

VS型とDB型が組み合わさることで、集団としての意思決定パフォーマンスが改善

次に、2つの学習アルゴリズムが集団内に併存する状況で進化ダイナミクスを可視化したところ、両者が集団内で安定的に共存し得る状態が広い範囲で実現することが明らかになった。加えて、単独では環境変動に対して脆弱なVS型のエージェントがより柔軟なDB型と組み合わされることによって、集団全体として意思決定パフォーマンスを一層改善することが示された。この結果は、意思決定の効率性と柔軟性をうまく両立する上で、集団内の多様性が重要な役割を果たすことを示唆している。

さらに、DB型とVS型および他者から学ばないRW型の3つのタイプが混在している集団の意思決定パフォーマンスを調べた。その結果、DB型とVS型が共存する状態が出現することが示された。両者が適切な比率で混在している場合に、互いの弱点を補うことによって集団レベルで高いパフォーマンスが実現し得ることが明らかになった。

ヒトとAIが共存する時代、より良い意思決定の基盤となる研究成果

これらの知見は、個体レベルのアルゴリズムの違いが集団レベルで異なる帰結を生み出すメカニズムや、個々の多様性が集団内に維持される理由を理論的に明らかにしたものと言える。また、個体レベルの計算のプロセスが集団レベルの動態を規定するという発想は、ヒトとAIが共在する情報空間において、より良い集合的意思決定をどのようにデザインできるのかという喫緊の工学的問題に対して応用可能である。

「本研究で示した理学的知見は、災害やパンデミックなどの不確実な状況で見られる同調圧力の過剰な高まりや誤情報の拡散、陰謀論信念の普及といった問題に対する社会工学的なアプローチを考えるための重要な基礎づけになると考えられる」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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