日本人集団を対象としたリンチ症候群の基礎的データは極めて少ない
理化学研究所は11月26日、大腸がんや子宮体がんなど多様ながんの発症リスクを高めるリンチ症候群の病的バリアントの各がんにおける保持者の割合や、病的バリアントを持つ人の臨床的特徴を明らかにしたと発表した。この研究は、同研究所生命医科学研究センター基盤技術開発研究チームの水上圭二郎研究員、桃沢幸秀チームディレクター(生命医科学研究センター副センター長)、東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センターシークエンス技術開発分野の松田浩一特任教授(同大大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻クリニカルシークエンス分野教授)、日本医科大学先端医学研究所分子生物学部門の村上善則特命教授、国立がん研究センター研究所ゲノム生物学研究分野の白石航也ユニット長、同中央病院遺伝子診療部門の平田真部門長、佐々木研究所附属杏雲堂病院遺伝子診療科の菅野康吉科長、愛知県がんセンターの松尾恵太郎分野長らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Medicine」にオンライン掲載されている。

画像はリリースより
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リンチ症候群は、がんを非常に発症しやすい体質になる遺伝性の疾患である。大腸がんや子宮体がんなどさまざまながんの発症リスクと、MLH1、MSH2、MSH6、PMS2などのDNAミスマッチ修復遺伝子と呼ばれる遺伝子群のいずれかに病気の原因となる遺伝的バリアント(病的バリアント)を保有することとの間には、関連があることが知られている。リンチ症候群と診断された場合とそうでない場合とでは、大腸がんや子宮体がんの手術方法や抗がん剤治療の方法、発症前の定期検査方法が異なる。
現在、これら診療の基礎となるデータは、主に欧州系集団を対象に、病的バリアント保持者を長年追跡したもので、日本人集団を対象としたものは極めて少ない状況だった。日本ではリンチ症候群に関連した家族歴や病理学的検査などの情報を基にした解析対象者の選択がほとんど行われていない。
がん患者7万人含む11万人対象、4つのDNAミスマッチ修復遺伝子の解析を実施
そこで今回の研究では、リンチ症候群の日本人患者に対する遺伝診療への貢献のため、BBJが保有する日本人集団由来のDNAサンプルを用い、リンチ症候群関連がんを含む23種のがん患者と対照群の合計約11万人について、各遺伝子の関連がんやその臨床的な特徴を評価することを目指した。
研究グループは、国際的な臨床ガイドラインであるNCCNのガイドラインにおいてリンチ症候群の関連がんとされている8種のがん(大腸がん、子宮体がん、胃がん、卵巣がん、胆道がん、膵がん、尿管がん、脳腫瘍)を含む合計23種のがん種に罹患した患者群7万4,085人と対照群3万8,842人の計11万2,927人について、リンチ症候群の原因遺伝子であるMLH1、MSH2、MSH6、PMS2の4つのDNAミスマッチ修復遺伝子のゲノム解析を行った。
まず、理研が独自に開発したターゲットシークエンス法を用いて、4つのミスマッチ修復遺伝子のタンパク質への翻訳に影響が大きいとされる翻訳領域およびその周辺2塩基の合計1万363塩基の配列を、11万2,927人全員について調べた。その結果、11万1,974人(約99.2%)について十分なシークエンスデータを取得でき、1,692個の遺伝的バリアントを同定した。
病的バリアント228個を同定、子宮体がんで最も保持率高い
同定した遺伝的バリアントの内、その変異箇所でタンパク質の合成が停止することなどで機能が低下する機能欠失バリアントと「ClinVar」のうち「病的または病的の可能性が高い」と登録されたバリアントは228個存在し、これらを今回の研究では病的バリアントと判定した。
最も病的バリアントの保持率が高かったがんは子宮体がんであり、次に大腸がん、卵巣がんだった。子宮体がん患者の約5.0%がDNAミスマッチ修復遺伝子の病的バリアントの保持者であることがわかった。また、NCCNのガイドラインでリンチ症候群の関連がんとされているがん種は、そうでないがんと比べて病的バリアントの保持率が高い傾向にあることが判明した。
MLH1・MSH2・MSH6でリンチ関連がんリスク増、MSH2は膀胱がんとも関連
病的バリアントの保持率について患者群と対照群とを比較することで、どのがんになりやすいかの疾患リスクを計算することができる。MLH1、MSH2、MSH6については、NCCNガイドラインにおいて関連がんとされている大腸がんや子宮体がんなどの疾患リスクを高めることが確認された。また、それら以外にも、MSH2と膀胱がんなどにおいても統計学的な関連性が示された。一方、これまでMLH1の関連がんとされてきた膵がんについては、今回の研究においては統計学的な関連性は認められなかった。
病的バリアント保持者の発症年齢はNCCN基準より遅く、最大16.4歳の差
次に、DNAミスマッチ修復遺伝子の病的バリアントを保持する未発症者の定期検診開始時期を考える上で重要な各がん種の診断年齢の特徴を解析した。その結果、DNAミスマッチ修復遺伝子の一部の遺伝子における病的バリアント保持者は、大腸がんや子宮体がん、卵巣がんにおいて非保持者よりも若齢で発症することが確認された。さらに、今回の研究における病的バリアント保持者が大腸がんや胃がんと診断される年齢は、NCCNガイドラインの診断年齢よりも遅く、最大16.4歳(MSH2の病的バリアント保持者における胃がんの発症年齢)の差があった。これは、NCCNガイドラインに記載されている研究の多くがリンチ症候群である可能性の高い集団を対象に解析しているため、一般集団より早めにがんと診断されている可能性が高いことが一因として考えられる。このようなさまざまな集団を対象にしたデータを解析することは、リンチ症候群の遺伝子検査対象者を選別する上で、重要である。
リンチ関連がんの複数罹患は、単一罹患より病的バリアント保持率が高いと判明
さらに、遺伝学的検査対象者を選定する上で重要な情報である複数のリンチ症候群の関連がんに罹患している場合の病的バリアント保持率の違いを調べた。その結果、NCCNガイドラインにおけるリンチ症候群の関連がんに複数罹患している患者は、一つだけ罹患している患者に比べ、女性ではMLH1、MSH2、MSH6、男性ではMLH1とMSH2の病的バリアントを保有している可能性がより高いことがわかった。さらに、複数のがんに罹患している場合のがんの組み合わせごとの病的バリアント保持率を調べたところ、大腸がんと子宮体がんの双方に罹患している患者の病的バリアント保持率は24.8%もあることが判明した。
リンチ症候群の関連がんについて、家族歴が多いほど病的バリアント保持率も上昇
今回の研究では、同様に遺伝学的検査対象者の選定に重要な、リンチ症候群患者の家族歴も調べた。まず、リンチ症候群の関連がんに罹患した第一度近親者の人数が多い患者ほど、DNAミスマッチ修復遺伝子のいずれかの遺伝子の病的バリアントを保有している割合が高いことがわかった。次に、患者が罹患しているがんと第一度近親者が罹患しているがんとの組み合わせごとの病的バリアント保持率を調べた。子宮体がん患者のうち、子宮体がんに罹患した第一度近親者がいる人では、病的バリアント保持率26.0%、大腸がんに罹患した第一度近親者がいる人では16.1%と高いことがわかった。
遺伝学的検査の対象選定や個別化医療につながると期待
今回の研究では、リンチ症候群について家族歴や病理学的検査などの情報を基にした解析対象者の選択がほとんど行われていない日本人集団を対象に、リンチ症候群の原因遺伝子である4つの遺伝子を、23種のがんについて横断的に解析した。今回の研究成果により、日本人集団における各がん患者のリンチ症候群に関連する病的バリアントの適正な保持率が明らかになると同時に、この集団における診断年齢はNCCNガイドラインで示されているリンチ症候群関連がんの診断年齢と乖離があることや、特定の複数のがんに罹患している患者で病的バリアント保持率が高いことや、特定のがんに罹患しており、かつ特定のがんの家族歴を保有している患者においては、病的バリアント保持率が高いことが明らかとなった。
これらの結果は、リンチ症候群のゲノム解析を用いた研究について、家族歴や病理学的検査などの情報を基にした解析対象者の選択が少ない集団を解析することの重要性を示している。「これらの情報は、既存のリンチ症候群の遺伝学的検査対象者のより精緻な選択基準の策定につながるデータであり、リンチ症候群の個別化医療のさらなる発展に寄与することが期待される」と研究グループは述べている。
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