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肝切除後の合併症「胆汁漏」を防ぐ新規ハイドロゲルの開発に成功-東大

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2025年11月26日 AM09:20

胆汁漏を防止でき、安全性の高い合成高分子材料が求められていた

東京大学は11月4日、肝切除手術後に高頻度で発生し、感染症や肝不全の原因となる「胆汁漏」を防ぐための新しい合成ハイドロゲルシーリング剤を開発したと発表した。この研究は、同大大学院工学系研究科の石川昇平助教、酒井崇匡教授らの研究グループと、同大医学部附属病院血管外科の保科克行病院教授、同大大学院医学系研究科の松原和英大学院生(研究当時)らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Advanced Healthcare Materials」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

肝臓がんや胆管がんなどの治療として行われる肝切除手術では、手術後に胆汁が体内に漏れ出す胆汁漏が重大な合併症の一つとして問題視されている。肝臓にメスを入れると出血するが、同時に胆汁が漏れ出す。手術中、電気メスでの止血や、針と糸による縫合で胆汁を封止するが、術後に胆汁の漏出が持続することがしばしば起こる。漏れ出す胆汁の量が多いと腹膜炎や敗血症などの重篤な感染症を引き起こし、患者の命に関わることもある。そのため、胆汁漏の防止は外科手術における重要な課題の一つである。

胆汁には血液のような自然な凝固機構が存在しないため、胆汁漏を防ぐためには、積極的に胆汁自体を固化する機構が必要となる。しかし、既存品では胆汁漏を十分に防止することが困難な状況である。また、既存品のシアノアクリレート系のシーリング剤は速やかに硬化し高い接着力を示すものの、肝組織に対し強い炎症反応を起こすことが知られており、安全性の観点から臨床応用が制限されている。これらの理由から、「胆汁漏を防止でき、かつ安全性の高い合成高分子材料」の開発が強く求められてきた。

独自設計の時間差二段階反応で塗布直後に硬化、その後遅延化学反応により強固に接着

今回の研究では、生体適合性が高く、医薬品や化粧品にも利用されているポリエチレングリコール(PEG)を基材とし、その末端にチオール基(SH)、マレイミド基(MA)、およびN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)エステル基を導入したテトラPEGゲルを用いた。この分子設計により、独自の時間差二段階反応を組み込んだ「遅延架橋単一ネットワーク(Delayed Cross-linked Single Network: DCSN)」を設計した。

第1段階として、SH基とMA基の間で高速な化学反応が起こり、塗布後わずか数秒以内にゲルネットワークが形成される。これにより手術部位は瞬時に覆われ、出血や胆汁の漏出が直ちに物理的に遮断される。さらに第2段階では、残存するNHSエステル基が、SH基と結合しゲルに組み込まれるとともに、肝組織表面に存在するリシン残基などのアミノ基と徐々に共有結合を形成する。数分の経過でゲルと組織が強固に接着し、従来の材料では困難だった長時間にわたる安定した胆汁漏の防止効果を発揮する。このように、「即時ゲル化による物理的な遮断」と「遅延化学反応による強固な接着」という2段階反応を組み合わせていることが、同材料の特徴だ。

DCSNハイドロゲルを切除断端に塗布した全ての例で1分以内に止血、胆汁漏なし

ラット部分肝切除モデルを用いた実験では、DCSNハイドロゲルを切除断端に塗布した全ての例で1分以内に止血が達成された。その後、1か月にわたる観察において、胆汁漏は1例も発生せず、安定した防止効果が維持された。一方、比較として用いた既存のシーリング剤であるサージセル(R)やタコシール(R)では漏出が確認され、性能の差が示された。さらに、術後7日間の病理組織学的評価では、ゲル適用部位において顕著な炎症細胞浸潤や肝細胞壊死は観察されず、組織界面ではゲルとの安定した接着が確認された。

これらの結果から、同材料が従来の生体由来接着剤や人工合成シーリング剤と同等以上の防止性能と高い安全性を併せ持つ、臨床的に新しい解決策となり得ることが実証された。

止血・防止用途のみならず、ドラッグデリバリーや再生医療用足場分野への発展も期待

今回の研究で導入した「時間差二段階反応」は、外科用シーリング剤の設計に新たな視点を与えるものである。即時的なゲル化と遅延的な組織接着を組み合わせるこの原理により、従来の単一反応型材料では困難だった「術直後の体液漏出の遮断」と「長期的な安定接着」の両立が可能となった。

「今後は、胆汁漏防止を出発点に、膵液漏、肺切除後の気漏、血管損傷部位の止血など、体液やガス漏出を伴う外科的課題へと展開できると考えられる。さらに、PEGを基盤とした分子設計の柔軟性を生かし、末端官能基の種類や反応速度を調整することで、手術環境に応じたゲル化時間や接着強度を精密に設計できる可能性もある。これにより、止血・防止用途にとどまらず、ドラッグデリバリーや再生医療用足場といった分野への発展も期待される」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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