障害者の包括的な社会参加を評価するための指標「CBR-Is」
筑波大学は11月25日、世界保健機関(WHO)が開発した障害者の包括的な社会参加を評価するための指標(CBR Indicators)を英語から日本語に翻訳し、その信頼性と妥当性を確認した結果、日本の文脈でも使用できることを示したと発表した。この研究は、同大医学医療系の後藤亮平准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Disability and Rehabilitation」に掲載されている。

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WHOは、障害者が地域の中で生活し社会に参加できる地域を開発するために、障害者やその家族、地域共同体だけでなく、保健・教育・就労支援などの多様な分野の人々が支援し合う実践的なアプローチとして、Community-Based Rehabilitation(CBR)を提唱してきた。CBRの推進にあたり、専門家によって「CBRマトリックス」が開発された。このマトリックスは「保健・教育・生計・社会・エンパワーメント」の5領域からなり、それぞれ5つずつ合計25の要素で構成されている。これまで途上国を中心とした国や地域において、CBRマトリックスを用いて個人やコミュニティのニーズを把握することで、CBR活動が実施されてきた。そして近年は、CBRの目的が、障害者や社会的に孤立しがちな人々を含め、誰もが地域社会の一員として排除されることなく、その能力やニーズが活かされるような地域開発(Community-Based Inclusive Development:CBID)として位置づけられるようになった。
CBR活動はこれまでに100か国以上で実践されており、地域での実施が、障害者の権利や社会参加の機会へのアクセスを改善したことが報告されてきた。一方、多くの報告が定性的データに基づいていたため、世界的なCBRの発展を支えるための定量的な指標を開発し、CBRのより頑健なエビデンスを構築する必要性が高まった。このような背景から、WHOは2017年にCBR Indicators(CBR-Is)を開発した。CBR-Isには、CBRマトリックスの構成要素(25要素)に基づく40の指標を明らかにする設問が含まれており、地域でどのような支援や取り組みが必要かを整理するための指標となっている。日本でも、障害者の雇用機会の制限や社会参加の障壁が大きいことが報告されていることから、研究グループは、個人やコミュニティの現状と課題を把握し、インクルーシブな地域社会の構築を推進するために、CBR-Isの日本語版を開発する必要があると考えた。
日本の文脈で使用できるかどうか?指標の信頼性と妥当性を検証
そこで今回の研究は、WHOが開発した障害者の包括的な社会参加を評価するための指標であるCBR-Isを英語から日本語に翻訳し、日本の文脈で使用できるかどうかなど、指標の信頼性と妥当性を検証することを目的とした。CBR-Isを日本語版(Japanese version of CBR-Is:J-CBR-Is)として翻訳し、日本の地域社会における活用の可能性を検討した。翻訳にあたっては、国際的に認められた翻訳ガイドラインに基づき、複数段階のプロセスを踏むことで文化的・制度的背景の違いを踏まえて調整した。
翻訳したJ-CBR-Isを用いて、日本の20~65歳未満の障害者(障害者手帳を持っている人)と障害のない人を対象にオンライン調査を行った。調査項目には、J-CBR-Isに加えて、年齢や性別などの基本属性や主観的幸福度などが含まれており、これらのデータを用いてJ-CBR-Isの信頼性と妥当性を検証した。J-CBR-Isの質問例と該当する領域として、全般的に、現在のあなたの健康状態についてどう思うか(保健)、日常生活や仕事のためにスキルを向上させるための学習機会に参加しているか(教育)、自分のニーズを満たすのに十分なお金を持っているか(生計)、他の人があなたを尊重していると感じるか(社会)、自身がどの程度コミュニティ運営に影響を与えられていると思うか(エンパワーメント)などがある。障害者353人、障害のない人400人の計753人から回答が得られた。
J-CBR-Isの有用性を確認、日本の障害者は全領域で有意に高スコア
分析の結果、J-CBR-Isは高い内的一貫性(Cronbachα係数=0.786)および信頼性(Intraclass Correlation Coefficients:ICC=0.883)を示した。またJ-CBR-Isの総合得点は、主観的幸福度と中程度の正の相関(相関係数r=0.466)を示していたことからも、J-CBR-Isが地域の生活環境や社会参加の状況を測定できる指標であることが確認された。さらに、障害者は、障害のない人に比べて、J-CBR-Isの全領域において有意に高いスコアを示した。この結果は、日本において障害者が医療的ケアや社会保障、生活支援などの制度を利用する機会が相対的に多いことが影響している可能性がある。ただし、同研究はオンライン調査であり、地域差や具体的な支援環境の違いまでは検討していない。今後は地域特性や支援体制を考慮した研究を進めることで、より実態に沿った評価と活用方法を検討していく必要がある。
自治体や医療・福祉・教育機関などと連携、地域レベルでの評価や施策立案活用に期待
今回の研究で開発したJ-CBR-Isは、障害の有無にかかわらず、地域で暮らす人々の社会参加や生活環境を可視化する指標として活用できる。今後は、自治体や医療・福祉・教育機関、地域住民など、多様な主体と連携し、地域レベルでの評価や施策立案に活用していくことが期待される。また、障害の種別や支援体制の違いに応じた社会参加やエンパワーメントのプロセスなどをより精緻に把握するため、フィールドワークなどを併せて実施することで、地域固有の課題と強みを明らかにしていくことが必要だと考えられる、と研究グループは述べている。
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・筑波大学 プレスリリース


