医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 22q11.2欠失症候群、医療の縦割り構造で包括的治療困難の実態-東大ほか

22q11.2欠失症候群、医療の縦割り構造で包括的治療困難の実態-東大ほか

読了時間:約 3分11秒
2025年12月08日 AM09:00

複雑な病態を持つ疾患、既存医療制度では対応に課題

東京大学は11月14日、先天性心疾患、知的障害、精神症状などが重なる難病「22q11.2欠失症候群」をもつ子どもと家族の心理社会的困難を質的に分析、臓器ごとに縦割りで提供される医療サービスと、重複障害をもつ当事者のニーズとの間に見えにくいミスマッチが生じることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部附属病院の笠井清登教授(国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)主任研究者)、熊倉陽介助教、先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎教授、慶應義塾大学文学部の北中淳子教授、ミシガン大学医学部内科学部門・人類学部のスコット・ストニングトン准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「The Lancet」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

22q11.2欠失症候群では、染色体の欠失部位に複数の遺伝子が含まれているため、さまざまな身体器官の形成や機能の発達に影響が及ぶ。その結果、乳幼児期には先天性心疾患、学童期には知的障害や強い不安・感覚過敏、思春期には精神症状といったように、人生の各段階で複数の障害が重なって現れていく。

一方で、医療は「A科」「B科」「C科」といった形で区分化されており、総合病院であっても診療科の偏りや不足があるのが現状である。たとえば、A科ではAという疾患だけであれば診られるが、AとCが同時にある人は受け入れられない、といった「たらい回し」が起きている。最終的に優秀な専門医のもとを訪れても、合併する他の疾患のために「診られない」と断られてしまうことも少なくない。

22q11.2欠失症候群の模擬症例で、医療の縦割り構造の影響を実証

研究グループは、先天性心疾患や発達障害など複数の病態を併せ持つ患者が、既存の医療制度の「区分化」によって適切な支援を受けられない現状を明らかにした。今回の研究では、以下に示すとおり、22q11.2欠失症候群をもつ女性患者の事例を通じて、医療の縦割り構造が患者と家族に深刻な影響を与えることを示した。この事例は、東京大学医学部附属病院で運営されている22q11.2欠失症候群メンタルヘルス専門外来を受診した患者および、これまでに実施した研究調査・インタビューに参加した患者をもとに、プライバシーに十分配慮して合成した模擬症例である。

【事例提示】
女性患者は幼少期に心疾患の手術を受け、境界域の知的障害や自閉スペクトラム症の診断を受けた。学校生活では配慮が得られず、いじめや嘲笑を受けた結果、思春期に精神病症状を発症した。しかし、心疾患や精神症状などが重なったために「複雑すぎる」と複数の医療機関から受診を断られ、適切な治療が長らく得られなかった。やがて高校を中退し、家族も精神的に追い詰められていった。

その後、この患者は学際的なケアを実践する精神科につながり、包括的なアセスメントや同じ立場の仲間との交流を得ることができた。家族もピアサポートに参加し、以前よりも安心した生活を送っている。しかし今後の心疾患再手術や両親の高齢化など課題は残っており、医療と社会全体での対応が求められる。

医療制度の構造的な分断が、病態全体を見渡した支援を困難にすると指摘

研究グループはこのような現象を「医療の区分化(medical compartmentalization)」と定義した。専門科ごとの分断、小児から成人医療への移行の断絶、患者本人のみを対象とした制度設計などが重なり、病態全体を見渡した支援が行われにくくなることを指摘した。日本の医療制度では特に専門分化が進んでおり、この問題は顕著であるが、世界的にも普遍的な課題である。

区分化は教育の場にも存在、複数障害が重なると適切に当てはまる場所がない

こうした区分化は医療だけでなく、社会環境にも存在する。教育の場では、普通学級、特別支援学級、さらに肢体不自由や知的障害のための特別支援学校といった制度がある。しかし、これらは基本的に「単一の障害」を想定しており、ある程度の合理的配慮はなされるが、複数の障害が重なっている子どもは、どこにも適切に当てはまらないという状況が生じている。

身体・知的・精神的な多様性が重なっていても、誰1人取り残さない環境を整えることこそが「包摂(インクルーシブ)」の本来の意味である。しかし現状では、医療や教育の「コンパートメント化(分断化)」により、基本的人権である医療や教育を受ける権利が十分に守られておらず、22q11.2欠失症候群の当事者と家族を苦しめているといえる。

医学教育・ケア体制・制度設計の3領域での根本的な変革を提唱

今回の分析から、1)重複障害を有する患者の支援を医学教育に取り込み、区分化を乗り越える視点を養うこと、2)ライフコース全体や家族を含めたケアにおける連携の構築、3)障害者権利条約に基づく人権の視点や当事者参画(コ・プロダクション)を制度設計に取り入れること、が必要であるという教訓が得られた。「本研究は、複雑な病態を抱える患者が誰1人取り残されず、安心して医療と社会資源につながるための新たなモデル構築に向けた第1歩となるものだ」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

同じカテゴリーの記事 医療

  • COVID-19感染のエリートアスリート、14日以内の競技復帰が9割-JSCほか
  • レカネマブ治療、CSF-ptau181とARIAリスク・認知機能低下の関連判明-金沢大
  • 障害者の包括的な社会参加評価のWHO指標、日本語版を開発-筑波大
  • 22q11.2欠失症候群、医療の縦割り構造で包括的治療困難の実態-東大ほか
  • 重症心不全の回復予測因子を同定、IDH2/POSTN比が新たな指標に-東大ほか