生理機能や疾患罹患率の季節変化、制御するメカニズムは未解明
名古屋大学は4月30日、ヒトに近縁な霊長類のアカゲザルの全身80組織について、1年を通して網羅的な季節の遺伝子発現地図を作製し、さまざまな生理機能や疾患の1年のリズムを制御する分子基盤を明らかにしたと発表した。この研究は、同大トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)および大学院生命農学研究科の吉村崇教授、陳君鳳特任助教、沖村光佑博士、任亮博士、京都大学ヒト行動進化研究センターの今井啓雄教授、大石高生准教授、宮部貴子助教、龍谷大学農学部(現 名古屋大学生物機能開発利用研究センター)の永野惇教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。

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熱帯以外の地域では季節によって環境が大きく変化する。この環境の季節変化に適応するため、動物は繁殖活動、換毛、冬眠、渡りなど、さまざまな生理機能や行動を大きく変化させている。
ヒトにおいてもホルモン分泌や代謝、睡眠、免疫機能などに季節の変化が報告されている。さらに心疾患、脳血管疾患、インフルエンザ、肺炎、自己免疫疾患、うつ病、統合失調症などの罹患率が冬に上昇し、死亡率も冬季に上昇する。しかし、これらの季節のリズムの背後にある分子基盤は謎に包まれていた。
系統学的にヒトに近いアカゲザルに着目、80組織を解析し「季節変動遺伝子」を同定
ヒトと遺伝的・生理的特徴が似ているアカゲザルは系統学的にヒトに近く、最も広く研究されている非ヒト霊長類の一つである。繁殖活動や換毛などに明瞭な季節応答を示すことから、季節に制御される生理機能や疾患の分子機構を理解するための優れたモデルでもある。
今回、屋外の半自然条件下で飼育した雌雄のアカゲザルにおいて、2か月に一度採血を行ったところ、性ホルモン、甲状腺ホルモンの他、さまざまな代謝物が季節のリズムを示すことがわかった。また、全身の80組織で発現している5万4,000個以上の遺伝子を網羅的に調べたところ、全ての組織において季節によって発現変動する「季節変動遺伝子」を同定することに成功した。
季節変動遺伝子を雌雄で比較すると、大きな性差が存在することが明らかになった。さらに、個々の組織で同定した季節変動遺伝子について遺伝子オントロジー解析をしたところ、熱産生に重要な褐色脂肪組織ではエネルギー生成に関わる遺伝子群が、免疫機能に重要なリンパ節や脾臓では免疫機能に関わる遺伝子群が、それぞれ季節のリズムを刻んでいることが明らかになった。
季節変動遺伝子を制御する「GABP」発見、ノックアウトマウスで臓器重量などの季節変化減弱
同定した季節変動遺伝子の働きを、アカゲザルを使って検証するのは困難なため、マウスを使って検証することにした。まずマウスを短日・低温の冬の条件と、長日・温暖の夏の条件で飼育したところ、驚いたことに心臓や膵臓、腎臓などの臓器重量が、夏より冬に重くなっていることがわかった。詳しく調べてみると、冬にはそれらの臓器で細胞分裂が増加し、細胞のサイズが大きくなっていることが明らかになった。つまり、従来ヒトと同様に明瞭な季節応答を示さないと考えられていたマウスにおいても、冬と夏では身体が大きく変化していたことから、アカゲザルで見出した季節変動遺伝子の機能を調べる上で、マウスは良いモデルであることが示された。
今回の研究では1万9,000個余りの遺伝子が、アカゲザルのさまざまな組織で季節のリズムを刻むことがわかった。多くの組織に共通する季節変動遺伝子は酸化的リン酸化に関わる遺伝子だった。これらの遺伝子の季節性を制御する候補因子をデータベースから探索したところ、GA結合タンパク質(GABP)が最有力候補として浮上した。そこでGABPが季節変動遺伝子を制御する可能性を検証するために、GABPのノックアウトマウスを作製し、冬と夏の環境にそれぞれ暴露したところ、臓器重量や細胞分裂、細胞サイズの季節変化が、野生型のマウスに比べて減弱していることが明らかになった。すなわち、GABPというタンパク質が動物の季節適応に重要な役割を果たしていることが明らかになったのである。
病気のリスク遺伝子発現やお酒の酔いやすさの季節変動も明らかに
次に、さまざまな疾患に季節変化をもたらす分子基盤を明らかにするために、アカゲザルで見出した季節変動遺伝子を、病気と遺伝子の関連を調べることができるデータベースで探索した。その結果、肺では肺炎やインフルエンザのリスク遺伝子群が、大動脈では血管炎症や急性冠症候群のリスク遺伝子群が、脳では精神疾患のリスク遺伝子群が、季節に応じて発現変動していることが明らかになった。今後、これらのリスク遺伝子をさらに詳しく調べることで、季節によって罹患率が異なるさまざまな病気の治療法を確立することが可能になると考えられる。
近年の研究からさまざまな薬の効果(薬効)が1日の中で変化することが明らかになり、投薬時刻を最適化することで副作用を最小限にする「時間治療」の重要性が認識されるようになってきた。しかし、薬効の季節変化については、これまで報告がなかった。そこでアカゲザルの季節変動遺伝子について、遺伝子と薬の相互作用を調べることができるデータベースで探索したところ、さまざまな薬の薬効が季節によって変化する可能性が示唆された。
興味深いことに、その薬のリストの中にはアルコールも含まれていたので、短日・低温の冬条件と、長日・温暖の夏条件で飼育したマウスに、それぞれ水かアルコールを飲ませたところ、自発活動量を調べるオープンフィールドテストや運動協調性を調べるロータロッドテストにおいて、冬条件で飼育したマウスの方が、夏条件で飼育したマウスよりも、早く酩酊状態から回復することが明らかになった。過去には急性アルコール中毒で入院する患者の数が夏に多いという報告があったが、この結果は夏の身体がアルコールに酔いやすいためである可能性を示唆していた。
得られたデータを検索可能なウェブデータベースも構築
今回の研究では、雌雄のアカゲザルの全身80組織において5万4,000個を超える遺伝子の1年間の発現様式を網羅的に明らかにし、世界中の人が今回の研究で得られた膨大なデータを簡単に検索し、ダウンロードできるウェブデータベースを構築した。
また、今回の研究でさまざまな生理機能を制御する遺伝子や、さまざまな疾患のリスク遺伝子の発現に季節のリズムがあることが明らかになった。季節に制御されるリスク遺伝子の詳細な解析と、季節変動遺伝子の薬理学的操作は、罹患率が季節によって変化する疾患の治療法の開発に貢献することが期待される。「季節変動遺伝子に顕著な雌雄差があることがわかったが、この結果はさまざまな疾患に対する感受性の性差のメカニズムの解明に役立つことが期待される」と、研究グループは述べている。
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