糖尿病網膜症は失明の原因となりうるが、糖尿病患者の眼科受診率は半数に満たない
筑波大学は1月31日、医療者からの眼科受診勧奨を認識した患者は網膜症検査実施率が高いことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学医療系/ヘルスサービス開発研究センターの杉山雄大教授(国立国際医療研究センター研究所・糖尿病情報センター・医療政策研究室長を併任)と東京大学大学院医学系研究科代謝・栄養病態学の山内敏正教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Diabetes, Obesity and Metabolism」に掲載されている。

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糖尿病網膜症は失明の原因となりうる糖尿病の主要合併症の一つであり、公衆衛生上の深刻な課題となっている。日本の糖尿病診療ガイドラインでは、少なくとも年1回の糖尿病網膜症を調べる眼底検査が推奨されているが、国内の大規模レセプトデータを用いた調査では糖尿病患者の眼科受診率は半数に満たないと報告されている。研究グループは、眼科受診に対する患者の認識が眼底検査の実施率に影響していると考え、アンケートを用いて患者が眼科受診勧奨を受けた認識を持つかどうか尋ねるとともに、レセプト・健診データを突合してこれらの患者が実際に眼底検査を受けているかを調査した。
医療者からの眼科受診勧奨を認識すると、糖尿病患者の眼底検査の実施率が2倍以上高くなる
研究グループは、茨城県つくば市が2022年度に国民健康保険加入者を対象に実施した「糖尿病に関するアンケート調査」に、2021年度のレセプト・健診データを突合した匿名データを二次的に活用し、横断研究を行った。このアンケート調査は、同市が「つくば市データヘルス計画(第3期)」と「つくば市国民健康保険特定健康診査等実施計画(第4期)」の策定における基礎資料として用いるために実施された(同市はこの二つの計画をまとめて「つくば市国民健康保険計画」と総称)。同研究の対象者は層化無作為抽出注した1,000人で、調査票を配布したところ456人より回答があった(有効回答率45.6%)。そのうち糖尿病の自覚を持つ患者290人(年齢の中央値:63.3歳、男性割合57.9%)を解析対象とし、前述の層化無作為抽出の際の抽出確率と回答率に基づいたウェイトを用いて結果を重み付けした。
その結果、医療者からの眼科受診勧奨を受けた認識のある人は139人(重み付け割合:47.6%)、正しい眼科受診頻度の知識を持つ人は195人(72.8%)、レセプト上で実際に眼底検査を受けていた人は149人(50.5%)だった。また実際に眼底検査を受けた割合は、眼科受診勧奨の認識のある群72.9%vs認識のない群30.1%、正しい眼科受診頻度の知識を持つ群63.9%vs知識を持たない群21.1%だった。正しい眼科受診頻度の知識を持つ割合は眼科受診勧奨の認識のある群93.4%vs認識のない群49.6%、といずれも有意な差が見られた。眼科受診勧奨を受けた認識のある群は認識のない群と比べて、修正ポアソン回帰分析による眼底検査受診の調整リスク比は2.36(95%信頼区間1.65-3.38)だった。またサブ解析では、糖尿病専門医が在籍する医療機関を受診している患者は、眼科受診勧奨の認識を持つ割合が高く、眼科受診頻度を正しく理解している割合や実際の眼底検査受診割合も高いことがわかった。
以上の結果から、患者が医療者による眼科受診勧奨を受けたと認識することは、眼底検査実施や眼科受診頻度に関する理解の向上に寄与することが示唆された。糖尿病網膜症の早期発見と重症化予防には、患者自身が受診の必要性を正しく認識することが重要であり、そのためには医療者の積極的な受診推奨だけでなく、医療システムや行政レベルでの包括的な環境整備が重要だと考えられる。同研究の成果は、こうした眼科受診勧奨の推進策を検討する上で、有用なエビデンスとなり得る。
糖尿病患者の眼科受診に関する認識や理解を高めることが、眼底検査実施を促進するために重要
同研究により、糖尿病患者が医療者からの眼科受診勧奨を認識することが、眼底検査の実施率向上と関連することが示された。今回の研究では、眼科受診の判定時期(2021年度)の後にアンケート調査(2022年度)が行われていること、また、眼科受診勧奨の有無は患者の主観によって判断されたものであり、実際の勧奨の有無と異なる可能性があることには注意が必要である。一方で、患者視点を含む形で眼科受診の実態を定量的に示すことができたことは意義深いと考えられる。
「本研究の知見は、医療者が個別に行う眼科受診勧奨をさらに推進するだけにとどまらず、眼科-内科の連携にインセンティブを付与することや眼科受診、眼底検査などを糖尿病患者の診療の質指標に組み込むこと、特定健診での眼底検査を普及させることなど、多岐に渡る医療・行政施策への働きかけに活用されることが期待される。こうした包括的な取り組みは、日本の糖尿病診療の質向上につながり、ひいては糖尿病合併症の重症化予防や医療費削減に寄与する可能性がある」と、研究グループは述べている。
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