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自閉スペクトラム症モデルのKmt2c変異マウス、LSD1阻害剤で一部回復-理研ほか

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2024年03月28日 AM09:20

ASD関連の遺伝子群、KMT2C遺伝子含むエピジェネティック因子多い

(理研)は3月26日、(ASD:Autism Spectrum Disorder)の有力な関連遺伝子KMT2Cの変異マウスを樹立し、その変異マウスがASD患者と似た行動変化を示すこと、ASDに関連する遺伝子群の発現変化が脳内で起こっていること、このような行動変化や遺伝子発現変化の一部が薬剤投与によって回復することを明らかにしたと発表した。この研究は、理研脳神経科学研究センター分子精神病理研究チームの中村匠研究員(研究開始当時:東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程)、髙田篤チームリーダー、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学の加藤忠史主任教授、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系の坪井貴司教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Psychiatry」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

ASDは、社会的コミュニケーションの問題と、限局された行動・興味を主な症状とする発達障害の一群である。最近の米国での疫学調査では、8歳の子どもの2.8%程度がASDと診断されると報告されている。ASDは遺伝的要因が強く関与する疾患であることが知られており、近年で最も大規模な遺伝学的解析によって、統計学的に有意にASDと関連する有力なASD関連遺伝子が報告された。これらのASD関連遺伝子群の中には、クロマチン修飾に関わるエピジェネティック因子が多く含まれ、このような分子機能がASD病態に関与すると考えられる。

クロマチン修飾の機能を持つ有力なASD関連遺伝子の一つが、(Lysine methyltransferase 2C)遺伝子で、そのヘテロ欠損がASDに関与することが示唆されている。KMT2C遺伝子は、クロマチン修飾の一つであるヒストンH3の4番目のリジン(H3K4)にメチル基を付加する酵素をコードする。このようなH3K4のメチル化に関与する遺伝子群は、他の神経発達障害や統合失調症などの精神神経疾患と関与することが報告されている。そのため、H3K4メチル化関連遺伝子の機能変化は、さまざまな精神神経疾患の病態に関与し、認知機能や脳の発達にも大きな役割を果たしていることがわかってきた。しかしながらこれまで、KMT2C遺伝子のヘテロ欠損によるASDの病態メカニズムは、明らかにされていなかった。

樹立されたKmt2cヘテロ変異マウス、社会性や急な環境変化に対する柔軟性低下

研究グループは、遺伝子編集技術CRISPR/Cas9システムによって、ASD患者で顕著に見られるKMT2Cのヘテロ欠損を再現した、Kmt2cヘテロ変異マウスを樹立した。まず、この変異マウスがASDモデルマウスとして妥当かどうかを評価するために、複数の一般的な行動テストを行い、Kmt2c変異マウスの行動変化を観察した。

その結果、Kmt2c変異マウスは、マウスの社会性を評価するスリーチャンバー社会性試験において顕著な所見を示した。この試験では、通常、野生型マウスは、空のケージの近くに滞在する時間に比べて、未知のマウスがいるケージの近くに滞在する時間が有意に長くなり、マウスの社会性を示唆する行動を示す。しかしKmt2c変異マウスは、そのような滞在時間の偏りを示さず、社会性の低下を示唆する結果を示した。また、インテリケージを用いて、マウスの柔軟性を評価したところ、顕著な行動変化を見出した。この行動試験では、四つのコーナーにある飲水ボトルのうち一つだけをマウスが飲めるようにし、その飲水可能コーナーを毎日対角線上に規則的に移動させ、そのような状況変化へのマウスの対応を評価した。Kmt2c変異マウスは、飲水コーナーが往復する対角線を変更した日、すなわち移動ルールを変更した日において、前日に飲水可能であったコーナーに、野生型マウスよりも有意に長い時間滞在した。この結果は、Kmt2c変異マウスにおいて、急な環境の変化に対する柔軟性が低下していることを示すと考えられる。

社会性や柔軟性の低下は、ASD患者の特徴的な表現型である。樹立したKmt2c変異マウスは、ASD研究のモデルマウスとしての妥当性を満たし、このマウスを対象とした病態研究が有効であると考えられた。

変異マウスで発現上昇の遺伝子群、ASD関連と知られる遺伝子と重複

そこで研究グループは、Kmt2c変異マウスが示したASD様行動に関係すると予測される分子メカニズムの解明を目指した。KMT2Cタンパク質が制御するH3K4のメチル化は、メッセンジャーRNA(mRNA)の転写の活性への関与が知られていることから、Kmt2c変異マウスにおいても遺伝子転写制御の広範な変化が起こっているとの仮説を立て、生後11週の成体マウスの前脳サンプルから抽出した全mRNAを対象に、RNAシークエンシング(RNA-seq)によるトランスクリプトーム解析を行った。

その結果、Kmt2c変異マウスの脳において、統計学的に有意に発現が上昇または低下している遺伝子群を同定した。同定した発現変動遺伝子群について、既知のASD遺伝リスクとの重なりを調べてみたところ、変異マウスで発現が有意に上昇していた遺伝子群と、有力なASD関連遺伝子とが、偶然以上の確率で重なっていた。そのほか、ASDのゲノムワイド関連解析(GWAS)データによって推定されるASDリスクと関与するゲノム領域や、ASD患者の死後脳における発現変動遺伝子群なども、Kmt2c変異マウスで発現上昇している遺伝子群に有意に集積していた。さらに、ASDとの関連が示唆されるシナプス機能に関わる遺伝子群なども、やはり発現上昇していた。このような、ASDに関連している可能性の高い既知の遺伝リスクの発現上昇が、KMT2Cのヘテロ欠損によるASDの病態に寄与している可能性が示された。

放射状グリアや未成熟な神経細胞などで発現変動遺伝子数が顕著に増加・ASDリスク集積

研究グループは次に、ASDは幼少期、すなわち発達の初期から症状が見られる神経発達障害であることを考慮して、生後4日齢のマウスの脳におけるトランスクリプトーム変化を解析した。研究グループは、より高解像度の遺伝子発現情報を取得するために、理研によって開発されたトランスクリプトーム解析手法、Quartz-Seq2による1細胞RNAシークエンス(シングルセルRNA-seq)を行い、各細胞クラスタにおける、Kmt2c変異マウスの発現変動遺伝子を同定した。同定した各クラスタの発現変動遺伝子群に対して、成体マウスのRNA-seq解析で行ったASD遺伝リスクの集積度や、発現変動遺伝子の観測数と期待値の間の乖離(かいり)度を求め、それに基づいて、同定した細胞クラスタのランク付けを行った。その結果、放射状グリアや未成熟な神経細胞などが高いランクを示し、神経系分化の比較的初期の細胞群において、発現変動遺伝子数の顕著な増加やASDリスクの集積が見られた。

この結果は、Kmt2cのヘテロ欠損の影響が神経系分化の初期の段階から生じており、このような発生の早い段階での影響が病態に関与しているという可能性を示唆している。一方で、特定の種類の細胞が著しく増減しているという所見はKmt2c変異マウスでは観察されなかった。

LSD1阻害剤投与で社会性低下回復、発現変動遺伝子の8割以上が逆方向に変動

最後に研究グループは、治療介入の可能性を探るために、Kmt2c変異マウスのASD様行動が薬剤投与実験によって改善されるかを検討した。

この実験では、ヒストンにメチル基を付与する機能を有するKMT2Cの欠損による影響を打ち消す効果が期待される、ヒストン脱メチル化酵素LSD1の阻害剤をKmt2c変異マウスに投与した。LSD1の阻害効果を有する薬剤の一つであるVafidemstat(バフィデムスタット)を、Kmt2c変異マウスに4週間飲水投与し、いろいろな行動試験を行ったところ、変異マウスで見られた社会性の低下が、薬剤を投与した変異マウスで回復しており、Kmt2c変異マウスのASD様行動の一部が改善されることを見出した。

同定した治療効果の分子メカニズムを明らかにするために、野生型マウス、薬剤未投与のKmt2c変異マウス、薬剤を投与したKmt2c変異マウスの三群から摘出した脳サンプルを用いて、改めてRNA-seqによるトランスクリプトーム解析を行った。すると、薬剤未投与のKmt2c変異マウスにおいて有意に発現変動していた427の遺伝子のうち、88.3%の377の遺伝子が、薬剤投与によって逆方向に発現変動していることを突き止めた。すなわち、Kmt2c変異マウスで発現上昇していた遺伝子が薬剤投与によって発現低下し、Kmt2c変異マウスで発現低下していた遺伝子が薬剤により発現上昇していた。

これにより、今回の研究で着目したLSD1阻害剤であるVafidemstatは、Kmt2c変異マウスにおける、一部のASD様行動およびトランスクリプトーム変化に対して、改善効果を有していることが判明した。

、ASD以外のヒストン修飾変化を示す精神神経疾患への治療効果も期待

今回の研究は、ASDの病態理解および治療法開発に大きく貢献することが期待される。また、KMT2Cが関与するH3K4のメチル化は、脳の機能や発達に重要であり、Kmt2c変異マウスは、それらの理解を目指した基礎研究にも応用できる。

Kmt2c変異マウスに治療効果を示したLSD1阻害剤については、同じくH3K4のメチル化を制御する統合失調症関連遺伝子Setd1aの変異マウスや、ヒストン修飾に変化を示す他のASDモデルマウスにおける行動変化に対する治療効果が報告されていることを考えると、ASDをはじめとする精神神経疾患患者の一部に対する治療効果が期待される。「今回の研究で使用したVafidemstatは第2相臨床試験まで進んでおり、さらなる検証が必要だが、ASDおよび他の精神神経疾患の病態解明および治療法開発に向けて、今後の展開が期待される」と、研究グループは述べている。

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