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特発性肺線維症、発症初期のメカニズムを明らかに-理研ほか

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2023年09月04日 AM11:08

II型肺胞上皮細胞の障害、筋線維芽細胞の分化と結び付ける知見は不十分

)は8月31日、肺胞オルガノイド培養と呼ばれる新しい細胞培養技術を使って培養皿上にミニ肺胞を再現し、肺線維症が発症する最も初期の現象を解明することに成功したと発表した。この研究は、理研生命機能科学研究センター呼吸器形成研究チームの榎本泰典研究員(現 客員研究員、浜松医科大学再生・感染病理学講座助教)、森本充チームリーダー、神戸大学医学部附属病院呼吸器内科の永野達也講師らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

肺のガス交換機能を担う肺胞は、表面を覆う肺胞上皮細胞と組織の間を埋める肺線維芽細胞などにより構成されている。肺線維症は、何らかの原因により肺線維芽細胞が筋線維芽細胞に分化し、コラーゲンなどの異常タンパク質が蓄積することで、肺胞の壁が厚くなって固くなる(線維化する)病気である。この病態が進行すると呼吸機能が低下し、生命に関わる。)は肺線維症の代表的疾患であり、原因不明で治療が難しいため生命予後が悪く、日本でも難病指定を受けている。

肺胞の上皮細胞にはI型とII型の二つのタイプがあり、II型肺胞上皮細胞は組織幹細胞としても機能する。肺胞が傷つくとII型肺胞上皮細胞が増殖して自分自身を補い、さらにI型肺胞上皮細胞に分化することで肺胞が再生される。最近の研究から、IPFの発症には、II型肺胞上皮細胞の障害と、肺線維芽細胞から分化した筋線維芽細胞の増殖が関わるとされている。しかしこれまで、II型肺胞上皮細胞の障害と筋線維芽細胞の分化を直接結び付ける知見は十分ではなかった。

また一般的に、さまざまな臓器の線維化の誘導には炎症が関わることがよく知られているが、IPFの肺では炎症所見が乏しく、実際にIPF患者に対して炎症を抑える治療を行っても有効ではないことがわかっている。すなわち、炎症に依存しない線維化プロセスの存在が示唆されていた。

炎症を起こす免疫細胞除去した肺組織、ブレオマイシン処理で筋線維芽細胞を誘導可能

そこで研究グループは、マウスおよびヒト肺の生組織からII型肺胞上皮細胞だけを取り出し、試験管内で培養することで肺胞組織を再構成し、IPF特有の炎症に依存しない線維化プロセスの解明に挑んだ。

研究グループは初めに、肺の線維化がどのように進行するかを調べた。ブレオマイシンという肺線維化を誘導する薬剤をマウスの気管内に投与して肺線維化を誘導し、生体における肺線維化発症プロセスの経時的な評価を行った結果、1)II型肺胞上皮細胞のDNAダメージ、2)炎症、3)筋線維芽細胞の誘導、4)線維化が起こることを確認した。

次に炎症が生じない環境でも線維化が誘導されるのかを検証するため、炎症を起こす免疫細胞を除いた肺組織を生体から分離し、試験管内でブレオマイシンを作用させる実験を行った。するとこの場合でも、筋線維芽細胞の誘導が見られ、線維化プロセスに炎症が必須ではない可能性が示された。

筋線維芽細胞への誘導をライブイメージング可能な肺胞オルガノイドを作製

そこで、肺線維化を細胞レベル・分子レベルでさらに詳しく評価するため、フローサイトメトリーでマウスのII型肺胞上皮細胞だけを取り出し、それを3次元的に培養することで肺胞オルガノイドを作製し、肺線維芽細胞との相互作用を調べることにした。

肺線維症を再現するため、肺胞オルガノイド培養の培地にブレオマイシンを添加してDNAダメージを与え、その後マウス肺線維芽細胞を同じ培養皿で培養した。このマウス肺線維芽細胞には、筋線維芽細胞へ分化すると赤い蛍光を発するレポーター遺伝子をあらかじめ組み込んでいる。この実験系により、上皮に障害を受けたオルガノイドの周囲の肺線維芽細胞が筋線維芽細胞に誘導される様子をライブイメージングすることに成功した。

TGFβのポジティブフィードバックによる炎症に依存しない線維化誘導機構を発見

次に、DNAダメージを受けたII型肺胞上皮細胞が線維化誘導能を獲得するプロセスを明らかにするため、肺胞オルガノイドで発現する遺伝子を網羅的に解析した。その結果、ブレオマイシン投与によりDNAダメージを受けたオルガノイドでは、細胞老化の代表的シグナルであるp53シグナルが高まっていることがわかった。そこで、p53シグナルを高める薬剤で肺胞オルガノイドを処理したところ、ブレオマイシンを投与しなくても周囲の肺線維芽細胞が筋線維芽細胞に誘導されることが観察された。これは、p53シグナルを受けて分泌される因子が、線維化の誘導に関わっていることを示唆している。

p53シグナルと肺胞オルガノイドの関係をさらに詳しく調べた結果、II型肺胞上皮細胞においてp53シグナルが高まると、「AT2-AT1遷移様状態」と呼ばれる、細胞分化の中間状態に相当し、細胞老化に特徴的な遺伝子を一過的に発現する細胞とよく似た細胞状態へと変化することがわかった。この細胞状態になると、(Senescence-Associated Secretory Phenotype:細胞老化関連分泌現象)と総称される現象により、老化細胞に特徴的なタンパク質が分泌される。そこで、SASPのタンパク質群の中から筋線維芽細胞を誘導する因子を探索したところ、TGFβが該当することがわかった。II型肺胞上皮細胞から周囲へと分泌されるTGFβは、オートクラインとしてII型肺胞上皮細胞自身にも作用し、TGFβの発現と活性化を増幅する、いわゆるポジティブフィードバック現象が起きていた。また、II型肺胞上皮細胞が「AT2-AT1遷移様状態」に変化するにはTGFβの活性化で十分であったことから、II型肺胞上皮細胞におけるTGFβのポジティブフィードバックこそが、炎症に依存しない肺線維症の中心的機構であると結論付けた。

ヒトの肺細胞でも、TGFβポジティブフィードバックの存在確認

最後に、これらの現象がヒトの肺でも見られるのかを検証するため、切除手術を受けたヒト肺組織からII型肺胞上皮細胞を取り出し、オルガノイドを用いた同様の実験を行った。その結果、ヒトの肺細胞を用いた場合でも、TGFβのポジティブフィードバックが存在し、炎症に依存しない筋線維芽細胞の誘導を確認できた。

IPFの病態形成における上皮の重要性、新たな治療薬の探索に貢献する成果

IPFに対して認可された治療薬剤は、2023年現在2種類のみであり、その効果も残念ながら疾患進行抑制までにとどまっている。これらの薬剤は肺線維芽細胞および筋線維芽細胞を主たる治療標的としているが、研究グループが肺線維化オルガノイドモデルで改めて検証したところ、やはり筋線維芽細胞の誘導を抑制することはできなかった。

「今回の研究から、II型肺胞上皮細胞でのTGFβポジティブフィードバックの成立が肺線維症の中心的機構であることが示された。これはIPFの病態形成における上皮の重要性とこれに対する治療の可能性を示したものであり、IPFの新たな治療薬の探索に貢献するものと期待される」と、研究グループは述べている。

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