回復(BTR)か移植(BTT)かを事前に予測する分子マーカーは未同定
東京大学は11月25日、重症心不全患者の心臓をプロテオーム解析し、左室補助人工心臓(Left Ventricular Assist Device:LVAD)を装着した後に心臓機能が回復するかどうかを予測する因子を明らかにし、さらにLVAD装着後に生じる心臓の状態変化に関わる因子を見出したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科先端循環器医科学講座の野村征太郎特任准教授、同研究科システムズ薬理学の大出晃士講師、日本医科大学統御機構診断病理学の堂本裕加子准教授(2020年3月まで、東京大学大学院医学系研究科人体病理学)らによる研究グループによるもの。研究成果は、「Circulation」のオンライン版に掲載されている。

画像はリリースより
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心不全とは、心臓の機能が低下し、息切れやむくみなどの症状を呈しながら進行性に悪化し、生命を脅かす疾患である。世界的にも主要な死因の一つであり、重症化して心機能の回復が困難と判断される場合には、LVADによる循環補助が必要となる。LVADは通常、心臓移植までの橋渡し(bridge to transplantation:BTT)として、あるいは最終的な治療手段として植え込まれる。一方で、LVAD装着後に心機能が回復した患者では、離脱(bridge to recovery:BTR)が可能な場合もある。しかし、これまで、LVAD装着後に患者の心機能が回復して離脱可能(BTR)となるのか、それとも移植を要する(BTT)経過を辿るのかを予測できる分子マーカーは同定されていなかった。
24症例の心筋組織を採取、LC–MSによるプロテオーム解析を実施
研究チームは、同大医学部附属病院においてLVAD植込み術を受けた患者のうち、心臓移植に至った移植群14例(男性11例、女性3例;平均年齢41.3歳〔範囲19-55歳〕)およびLVAD離脱が可能であった回復群10例(男性7例、女性3例;平均年齢34歳〔範囲21-43歳〕)から、LVAD植込み時の左室心尖部心筋組織を採取した。移植群では、心臓移植時に摘出された心臓の左室自由壁からも追加の組織検体を採取し、合計24症例・38検体を対象に、液体クロマトグラフィー–質量分析(LC–MS)によるプロテオーム解析を実施した。研究は、同大大学院医学系研究科・医学部倫理委員会の承認を受けて実施された。解析には、全症例の8割以上で共通して検出された412種類のタンパク質を用いた。
WGCNAで4種のタンパク質モジュールを同定、回復群は「ミトコンドリア高・細胞外基質低」
次に、上記の基準を満たした心筋中の412種類のタンパク質を用いて重み付き相関ネットワーク解析(Weighted Gene Coexpression Network Analysis:WGCNA)を行い、以下4つのタンパク質モジュール(M1-M4)を同定した。
・M1(ミトコンドリア関連、149種類のタンパク質)
・M2(細胞外マトリックス関連、100種類のタンパク質)
・M3(心筋収縮関連、33種類のタンパク質)
・M4(解糖系関連、23種類のタンパク質)
これらのモジュールのタンパク質発現プロファイルを用いて階層的クラスタリングを実施したところ、回復群(BTR)のLVAD植込み時の特徴として、M1(ミトコンドリア関連タンパク質)の発現が高く、M2(細胞外マトリックス関連タンパク質)の発現が低いことが示された。また、移植群(BTT)においてLVAD装着中にM4(解糖系関連タンパク質)の発現が上昇し、M1(ミトコンドリア関連タンパク質)の発現が低下することが認められた。
回復群と移植群を分ける主成分1と移植群の代謝変化を反映する主成分2を特定
主成分分析(Principal Component Analysis:PCA)の結果、主成分1(PC1)はLVAD植え込み時点での移植群と回復群の識別に寄与し、主成分2(PC2)は移植群におけるLVAD植え込み前後の変化に寄与することが示された。各モジュールの発現量と主成分との相関係数を算出したところ、PC1はM1(ミトコンドリア関連タンパク質)およびM3(心筋収縮関連タンパク質)と正の相関を、M2(細胞外基質関連タンパク質)と負の相関を示した。一方、PC2はM4(解糖系関連タンパク質)と正の相関を示した。さらに、LVAD植え込み時の解析では、左室収縮末期径とM1(ミトコンドリア関連タンパク質)との間に負の相関、心筋線維化とM4(解糖系関連タンパク質)との間に負の相関、心筋線維化とM2(細胞外基質関連タンパク質)との間に正の相関が認められた。
IDH2/POSTN比から重症心不全の回復を高精度に予測可能
次に、ランダムフォレスト機械学習アルゴリズムを用いて、移植群と回復群の識別に寄与するタンパク質を同定した。その結果、特に、IDH2(イソクエン酸デヒドロゲナーゼ[NADP(+)]ミトコンドリア型、ミトコンドリアタンパク質(M1))およびPOSTN(ペリオスチン、細胞外基質タンパク質(M2))が心機能回復に関与する最も重要なタンパク質として特定された。モジュール発現プロファイルと同様に、回復群ではIDH2の発現が高く、POSTNの発現が低いことが確認された。
また臨床現場で用いられる予後予測指標としてINTERMACS(Interagency Registry for Mechanically Assisted Circulatory Support)Cardiac Recovery Score(INTERMACSスコア、I-CARS)がある。今回の研究では、同定したIDH2およびPOSTNのタンパク量からIDH2/POSTN比を算出し、ROC曲線下面積(AUC)の解析を行った。その結果、INTERMACSスコアと比較しても、IDH2/POSTN比が心機能回復を極めて高精度に予測できることが明らかになった。
独立コホートでIDH2/POSTN比の有効性を確証
さらに、LVAD装着に至った別の重症心不全コホートから心筋組織を収集し、IDH2およびPOSTNに対する二重免疫蛍光染色を用いて定量解析を行った。その結果、IDH2/POSTN陽性領域の比率は2群間で有意に異なっており、免疫染色による解析においても、LVAD後の心機能回復性を予測する指標としてIDH2/POSTN比が有効であることが確認された。
LVAD補助下の心不全における、プレシジョン・メディシンの発展に貢献する可能性
今回の研究により、LVAD装着後の心機能回復を規定する因子としてIDH2およびPOSTNが同定され、IDH2/POSTN比が心機能回復性を高い精度で予測する新たな指標として特定された。
IDH2は、NADPH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)を産生し適切な酸化還元バランスを維持することで、ミトコンドリア抗酸化経路において中心的な役割を果たすことが知られている。ミトコンドリア機能障害は心不全におけるエネルギー供給と需要の不均衡に関連しており、その是正は心機能全体を改善する新たな治療アプローチとして注目されている。一方、POSTNは細胞外マトリックス形成における重要な役割を担うことが知られており、ミトコンドリアの減少および細胞外マトリックスの増加は心機能低下を反映する可能性がある。
また、移植群ではLVAD植え込み後に解糖系(M4)関連タンパク質の発現が増加していた。心不全になると、脂肪酸代謝の低下と解糖系の亢進を特徴とする「胎児型エネルギー代謝」へのシフトが生じると言われており、今回の結果は、LVAD装着後の心筋における代謝変化に伴ってプロテオーム全体が再構築されていることを示唆している。
「LVAD植え込み前後の心筋プロテオーム解析により、有意なタンパク質変化が明らかとなり、心機能回復の潜在的マーカーが同定された。IDH2/POSTN比は回復群の予測に有用であり、LVAD補助下の心不全におけるプレシジョン・メディシンの発展に寄与する可能性が示された」と、研究グループは述べている。
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