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腎移植、新たな血管内皮コーティング技術の有用性を確認-産総研ほか

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2025年10月03日 AM09:20

「虚血再灌流障害」を効果的に抑制する薬剤や技術は見出されていない

産業技術総合研究所は9月24日、腎臓の血管内皮を両親媒性ポリマーでコーティングすることにより、腎移植後に起こる虚血再灌流障害を抑制する技術を開発したと発表した。この研究は、同研究所細胞分子工学研究部門 細胞制御マテリアル研究グループの寺村裕治研究グループ長とスウェーデンのiCoat Medical社、ウプサラ大学の共同研究グループによるもの。研究成果は、「American Journal of Transplantation」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

日本における慢性腎臓病の患者数は2000万人と推計され、このうち人工透析を必要とする患者数は2022年末時点で35万人とされている。透析患者は1回4時間の血液透析を週3回受けなければならず、QOLは著しく低下する。また、人工透析を行っている患者は合併症を患いやすく、心不全や糖尿病で亡くなるケースが多い上に、高額な医療費が患者本人にとっても国庫にとっても負担になっている。

腎疾患患者は、腎機能低下を阻止できない場合に人工透析や腎移植による治療を行う必要が出てくるが、治療開始後の10年生存率は腎移植のほうが優れるという報告がある。2020年10月のWHOの報告書では、世界でおよそ9.5万件の腎移植が行われており、その数は年々増加している。腎移植は最も事例の多い移植医療として定着しつつある。一方、移植した腎臓が、長期間にわたって患者の体内で生着して機能しなければ、数年後には再移植を余儀なくされるが、現状ではドナーの数は十分とは言えず、再移植を受けることが難しい状況になっている。そのため、移植した腎臓を患者の体内で安定に生着させる薬剤や技術が求められている。

これまでの研究から、腎臓を移植した直後に起きる虚血再灌流障害が、生着率を下げる要因の一つであることがわかっている。虚血再灌流障害は、腎移植直後に起こる免疫反応の一つで、自然免疫の活性化と血液凝固反応の活性化、活性酸素の発生などが複雑に関与して、移植した腎臓の細胞や組織に障害をもたらす。そのため一つの薬剤で制御することは困難であり、虚血再灌流障害を効果的に抑制できる薬剤や技術は見出されていない。

PEG脂質コーティング技術がヒト腎移植に適用可能か、ブタ腎移植モデルで検証

同研究所はこれまでに、組織ならびに臓器・組織内の血管表層の改変を行うため、ポリエチレングリコール(PEG)とリン脂質との複合体である「PEG脂質」を利用して、さまざまな種類の細胞のポリマー修飾や薄膜カプセルの検討を行ってきた。今回、「PEG脂質によるコーティング技術がヒト腎移植に適用可能なのか」を検討するために、ヒトと相同性の高いブタの腎臓を対象として、血管内皮や組織のコーティングに適したPEG脂質のPEG分子量と脂質の組成を慎重に検討し、ブタ腎移植モデルを用いた検証を行った。

PEG脂質コーティングをヒト腎移植に適用し得るプロトコールを確立

ドナーブタから摘出した腎臓の動脈にPEG脂質溶液を注入することで、腎臓内の血管内皮表面へPEG脂質を導入し、この腎臓をレシピエントブタへ移植した。分子量5kDaのPEG分子と、脂質としてジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン(DPPE)を複合化させたPEG脂質を導入したところ、腎臓の血管内皮を効果的にコーティングできることを確認した。このPEG脂質による血管内皮のコーティングでは、およそ5nm程度の高分子薄膜が形成され、細胞膜や表面レセプターを被覆できると考えられる。

また、腎臓の血管内皮のコーティングは、低温(氷上)かつ1時間以内の処理で可能であることがわかった。臨床現場では、移植する臓器中の細胞生存時間を考慮すると、低温かつ短時間の処理が求められるが、今回のコーティング条件であれば、臨床でのヒト腎移植にも適用し得るプロトコールを確立することが可能になる。

移植直後の免疫反応・凝固反応が抑制されていることを確認

次に、コーティング処理した腎臓の効果を調べるために、腎移植後6時間と4日間の経過観察を行ったブタ腎移植モデルを用いて、移植後の評価を行った。レシピエントブタにコーティング処理した腎臓を移植すると、移植直後にはコーティング膜は腎臓内で残存しており、半減期が14時間で、移植2日後にはほぼ消失することが確認できた。これは細胞膜に導入されたPEG脂質が徐々に脱離していくためと考えられる。

移植後4日間経過のレシピエントブタの血液検査を行ったところ、コーティング処理ありのグループでは、補体系(C3a、sC5b-9)と凝固系パラメーター(TAT)、サイトカイン類(TNF、IL-1β、IL-2、IL-4、IL-6、IL-10、IL-12、IL-18、IFN-γ)の値が、コーティング処理なしのグループと比較して統計的に有意に低いことがわかった。このことは、移植直後に起きる自然免疫が中心となる免疫反応の活性化や凝固反応が抑制されていることを示している。

PEG脂質コーティングあり群はクレアチニン値「低」、移植後の腎機能が迅速に回復

また、腎機能の指標となる血漿クレアチニンを測定したところ、コーティング処理ありのグループではクレアチニンの値が統計的に有意に低く、移植後の腎機能が迅速に回復したことが示された。これらの結果から、コーティング処理ありのグループでは免疫系からの攻撃を防御することで細胞機能の保護や血栓形成が回避でき、移植した腎臓が相応に機能していることが示唆された。

PEG脂質コーティングで、移植直後に起こる虚血再灌流障害の影響軽減の可能性

今回のアプローチでは、ポリマー材料であるPEG脂質によるコーティングで、免疫反応による細胞膜への攻撃を物理的に遮蔽し、一時的なバリアーを作成することで、虚血再灌流障害による細胞傷害を抑制できた。

今後、臨床でPEG脂質コーティングの安全性が確認されて腎移植への適用が進めば、移植直後に起こる虚血再灌流障害による影響を軽減し腎臓を保護できるため、長期生着率の向上が期待できる。この技術は、患者のQOL維持に貢献し、再移植や人工透析に戻る可能性を下げることにもつながると考えられる。

PEG脂質の実用化に向け臨床試験が進行中、腎移植以外への応用も視野

今回開発したPEG脂質溶液を臓器保存液として展開することで、ドナーから摘出した臓器の臨床での生着率の向上が可能になると期待される。すでに2022~2023年にかけて、スウェーデン国内で患者18人を対象とする腎移植の臨床試験(Phase 1/2a)が実施され、臓器保存液としての安全性と有効性が検証されている(米国での登録番号:NCT05246618)。

「今後、安全性と有効性について大規模な試験により検証するために、欧米での臨床試験(Phase 2b/3)に進める予定だ。また、本コーティング技術は腎移植だけでなく、他の移植医療や細胞移植にも適用可能であるため、今後は本技術を応用し、移植医療や再生医療の実現に貢献したいと考えている」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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