完治困難ながんで見られる血管擬態、その発生を示す「診断分子」の解明が課題
慶應義塾大学は9月9日、乳がんの「血管擬態」の抑制に関わる新たな遺伝子を見出したと発表した。この研究は、同大大学院理工学研究科の吉岡佑馬氏(博士1年)、理工学部応用化学科の清水史郎教授、機械工学科の尾上弘晃教授、栃木県立がんセンターの尾島英知研究所副所長、公益財団法人微生物化学研究会微生物化学研究所第1生物活性研究部の川田学部長、大阪大学薬学研究科の近藤昌夫教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Biological Chemistry」に掲載されている。

画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
乳がんは世界中で女性のがんによる死亡原因の上位を占めており、転移や悪性化の制御が課題である。血管擬態が形成したがん組織を持つ患者では完治に至らない例が多い。そのため、がんの有望な治療標的とされ、世界中で盛んに研究されている。当該分野の課題としては血管擬態が実際に起きていることを示す「診断分子」が未発見なことが挙げられる。
接着関連タンパク質Ang-1に着目、欠損で乳がん細胞と移植マウスの血管擬態形成を促進
研究グループはこの問題に対し、接着関連タンパク質であるangulin-1/LSR(Ang-1)に着目した。細胞同士をつなぎ合わせる働きを持つこのタンパク質は、血管擬態の形成に関わっている可能性があると考えられる。今回の研究では、Ang-1の役割を明らかにすることで、乳がんにおける血管擬態の新規診断法や治療法の開発につなげることを目的とした。
培養細胞を使用した実験において、乳がん細胞のAng-1を欠損させたところ、上皮間葉転換(EMT)が誘導され、血管擬態形成が促進された。次に、これらの細胞が生体内でも血管擬態形成を促進するかを検証するため、マウスで異種移植実験を行った。その結果、Ang-1欠損細胞から形成された腫瘍は有意に増大した。その要因を調べたところ、血管新生の増加ではなく、今回着目した血管擬態の増加によるものと判明した。
ヒト乳がん患者のがん部で発現低下する新規Ang-1アイソフォーム発見
細胞レベルおよびマウスにおける結果から、乳がんのAng-1が欠損すると血管擬態形成が促進することが示唆されたため、次にAng-1を過剰に発現させると血管擬態が抑制されるかを検討した。
Ang-1には複数のアイソフォームがデータベース上で報告されていたが、今回の研究で用いた乳がん細胞株は新規のアイソフォーム(Ang-1 iso6-2)を発現していた。そこで、すべてのアイソフォームを再発現させ、血管擬態への影響について調べると、すべてのアイソフォームが血管擬態を抑制するのではなく、Ang-1 iso6-2を含むいくつかのアイソフォームのみが血管擬態を抑制することを発見した。さらに、新規アイソフォームAng-1 iso6-2がヒト乳がん患者で発現しているかを検証した。
同一患者内のがん部、非がん部由来のmRNAを用いて解析すると、非がん部に比べてがん部ではAng-1 iso6-2の発現が低下していた。また、Ang-1 iso6-2の発現が減少しているがん部では、EMTが誘導されており、がん悪性化に寄与することが示された。これらの結果から、Ang-1 iso6-2は乳がんの血管擬態を調節する新しい因子であり、乳がんの診断分子としての利用が期待されることが示された。
早期診断・予後予測のほか、Ang-1標的の新規治療法開発や他がん種への応用に期待
今回の研究では、乳がんにおける血管擬態を診断する新たな分子マーカーの候補を示した。今後は、より多くの臨床サンプルで検証を進めることで、早期診断や予後予測に役立つ診断法の開発が期待される。将来的には、Ang-1を標的とした新しい治療法の開発につながる可能性があり、乳がんの治療成績向上に貢献できると考えられる。また、「他のがん種における血管擬態との関連性も調べることで、幅広いがん治療への応用を目指す」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・慶應義塾大学 プレスリリース


