新たな変異株への対応では、中和抗体と並んでT細胞応答が感染制御に重要
熊本大学は9月4日、日本人COVID-19感染回復者において、変異株間で保存され、かつ、HLA-C*12:02に提示されるヌクレオカプシドタンパク質由来のT細胞抗原を発見したと発表した。今回の研究は、同大ヒトレトロウイルス学共同研究センター熊本大学キャンパスの本園千尋准教授、後藤由比古大学院生(当時)(現:熊本大学大学院生命科学研究部呼吸器内科学講座医員)、上野貴将教授、熊本大学大学院生命科学研究部呼吸器内科学講座の冨田雄介診療准教授、坂上拓郎教授、熊本大学大学院生命科学研究部血液・膠原病・感染症内科学講座の中田浩智准教授、東海大学医学部医学科基礎医学系分子生命科学の中川草准教授、富山大学学術研究部医学系の岸裕幸特別研究教授、近畿大学理工学部応用化学科の北松瑞生准教授、ラ・トローブ大学(豪州)のStephanie Gras教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。

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近年、新型コロナウイルス感染症において、中和抗体活性(液性免疫)だけでなく、細胞性免疫を担うT細胞応答が感染制御に重要な役割を果たしていることが明らかになっている。T細胞には、それぞれ固有のT細胞受容体(TCR)があり、その型によって認識できる抗原が異なるという抗原特異性がある。ウイルスに感染した細胞は、ウイルスタンパク質の断片をT細胞抗原としてHLA分子に抗原提示してT細胞を誘導する。そのため、TCRやHLA分子の違いによって、誘導されるT細胞に違いが生まれる。
共同研究者のStephanie Gras教授らは、最近、新型コロナウイルス感染症において、HLA-B*15:01という特定のHLAタイプが無症状化と相関することを明らかにした。このことは、HLA-B*15:01拘束性T細胞がウイルスの排除に重要な役割を果たしていることを強く示唆している。しかし、近年の変異株は特にスパイクタンパク質にさまざまな変異を有しており、それらの変異によって、中和抗体だけでなく、一部の主要なT細胞の働きが失われると考えられる。実際にヒトは、日本人の約6割が有するHLAのタイプであるHLA-A*24:02陽性ワクチン接種者ならびに感染者において、デルタ株などの懸念すべき変異株に対してT細胞の抗ウイルス活性が低下することを明らかにしてきた。そのため、今後、強力なT細胞を誘導でき、かつ、変異の影響を受けないT細胞抗原の同定が、新たな変異株の流行にも対応できる、T細胞誘導型ワクチンの開発につながっていくと考えられている。
初期の感染回復者検体を用い、優れたT細胞応答を担うHLA分子と抗原を同定・解析
今回の研究では、パンデミック初期の感染回復者の検体を用いて、新型コロナウイルスタンパク質由来の抗原に対するT細胞の応答性について解析を行った。次に、日本人で高頻度なHLAタイプに着目し、優れたT細胞応答を担っているHLA分子ならびにT細胞抗原の同定を行った。さらにヒトT細胞とウイルス感染細胞を培養し、ウイルスの増殖を抑制する実験系を用いてヒトT細胞の抗ウイルス機能について解析を行った。また感染後の抗原特異的ヒトT細胞の頻度や機能について経時的な解析を行った。さらに機能的に優れたT細胞に備わった抗原認識機序を解明するため、T細胞からTCRを同定し、TCR-抗原ペプチド・HLA複合体の結晶構造解析を行った。
ヌクレオカプシドタンパク質由来の抗原(KF9/C12)を同定、特徴的な抗原認識も解明
パンデミック初期の感染回復者において、ウイルスのRNAやDNAゲノムを包み込むヌクレオカプシドタンパク質に対するT細胞応答が最も優位であることが明らかになった。その強力なT細胞応答を担っているHLAタイプならびにT細胞抗原として、HLA-C*12:02に提示されるヌクレオカプシドタンパク質由来の抗原(KF9/C12)を新たに同定することに成功した。KF9/C12特異的T細胞は、武漢、オミクロンBA.1、BA.2、BA.5株に対して同等のウイルス増殖抑制効果を示し、既知のスパイクタンパク質由来抗原であるQI9/A24特異的T細胞と比較して優れた抗ウイルス活性を示した。
また、KF9/C12特異的T細胞は感染1年後も記憶T細胞として生体内に維持されており、再感染時に顕著な増殖活性を有することがわかった。
さらに、KF9/C12特異的T細胞からT細胞受容体を同定し、機能的に優れたT細胞に備わったTCR-抗原ペプチド・HLA複合体の結晶構造解析を行った。その結果、TCRα鎖とβ鎖がそれぞれ抗原と相互作用するという通常の認識様式とは異なり、TCRα鎖が主に抗原の認識を担っているという特徴を明らかにした。
複数HLA型に提示されるユニバーサル抗原と示唆
これまで、細胞傷害性T細胞はHLA-AならびにHLA-B拘束性T細胞応答の解析が主に進められてきたが、今回の研究により、新型コロナウイルス感染症において、抗ウイルス活性に優れたHLA-Cアリル拘束性T細胞を初めて同定することに成功した。また、今回同定したT細胞抗原は、HLA-C*12:02だけでなく、HLA-C*14:02という他のHLAタイプにも提示されてT細胞を誘導することも明らかになり、変異株間で保存され、かつ、複数のHLAタイプに提示されるユニバーサルなT細胞抗原であることが示唆された。
「今回の成果は、従来のスパイクタンパク質を標的としたワクチンとは異なり、広範なHLA-Cアリルに提示され、配列が比較的保存されたヌクレオカプシドタンパク質由来のT細胞抗原を標的とした、新たな変異株の流行に対応できるワクチン開発に活用できる」と、研究グループは述べている。
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