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肺がん細胞多様性の治療抵抗機構解明、新たな治療標的発見-科学大ほか

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2025年08月13日 AM09:20

腫瘍内の「細胞多様性」はがん治療における難題、その解明は新治療につながる

東京科学大学は7月18日、肺がんにおけるがん細胞の多様性が治療抵抗性に関与する仕組みを、患者検体の解析およびマウスモデルを用いた実験によって解明したと発表した。今回の研究は、同大総合研究院難治疾患研究所細胞動態学分野の諸石寿朗教授、熊本大学分子薬理学講座の李浩研究員(研究当時、現・関西学院大学助教)らの研究グループによるもの。研究成果は、「EMBO reports」に掲載されている。


画像はリリースより
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ヒトの体は、約30兆個を超える膨大な数の細胞から構成されており、これらの細胞は全て、同一の遺伝情報であるDNAを共有している。しかし、体のさまざまな組織や臓器の役割を担うために、それぞれが異なる性質や機能を獲得し、多様な細胞タイプへと分化している。この「細胞の多様性」は、ヒトの生命活動を正常に維持し、成長や適応、組織の修復など、多くの生理的プロセスに不可欠なものである。

一方で、この多様性はがんにおいては複雑な問題を引き起こす。がん細胞はもともと正常な細胞から発生するが、遺伝子の変異や周囲の微小環境の影響を受けて、腫瘍内に「サブクローン」と呼ばれる、異なる性質を持つ細胞群を形成する。この腫瘍の異質性は、がんの進行や治療効果に大きな影響を与え、がん治療における最大の難題の一つとなっている。

特に肺がんは、世界中でがんによる死亡原因の上位に位置しており、その治療は依然として困難を極めている。早期発見や標準的な治療を行っても、しばしば再発や遠隔転移を引き起こし、患者の予後に大きく影響する。そのため、肺がんの治療効果を飛躍的に高めるためには、がん細胞の多様性や腫瘍内の複雑な相互作用を理解し、それらを標的とした新たな治療法の開発が急務となっている。

がんの悪性化に関わるYAP/TAZに着目、高活性よりも不均一な活性が予後に影響

このような背景のもと、今回の研究では、がん細胞の増殖や悪性化、転移に関わる二つの分子「YAP」と「TAZ」に注目し、がん細胞におけるそれらの異質性が、がんの生存戦略や治療抵抗性にどのように関与しているのかを調べた。

研究グループはまず、ヒト肺腺がん患者のサンプルを用いて、YAPおよびTAZ(YAP/TAZ)の活性と患者予後との関係を調べた。従来、がん細胞の増殖や悪性度の高さはYAP/TAZ活性の高さに起因すると考えられており、YAP/TAZ活性の上昇が腫瘍の進行を主導するとされてきた。しかし今回の解析により、がん組織においてYAP/TAZ活性が不均一な(すなわち、YAP/TAZ活性が高いがん細胞と低いがん細胞が混在する)患者は、活性が均一な患者と比べて、有意に生命予後が悪いことが明らかになった。

YAP/TAZ活性が低いがん細胞同士が助け合って「フェロトーシス」抵抗性を高める

その理由として、YAP/TAZ活性が低い細胞群が、これまであまり注目されてこなかった特殊な細胞死「フェロトーシス」に対して非常に強い耐性を持つことが、細胞を用いた実験により明らかになった。フェロトーシスとは、細胞内に存在する鉄イオンが細胞膜の酸化を促進し、細胞死を引き起こす新たに発見された細胞死の様式であり、がん細胞を効果的に死滅させる新たな治療標的として注目されている。興味深いことに、YAP/TAZ活性が低い細胞は増殖能力こそ低下しているものの、フェロトーシスに強く抵抗することで腫瘍内での生存競争において重要な役割を果たしていることが判明した。

この耐性機構の核心には、YAP/TAZ活性の低下によって「GCH1」という酵素の発現が誘導されることがあった。GCH1は、抗酸化物質「BH4」の合成に不可欠な酵素であり、BH4は活性酸素種を除去し、細胞膜の脂質過酸化を防ぐ働きを持っている。特に、フェロトーシスの誘導に関与する脂質の酸化を抑えることで、細胞を死から守っている。さらに注目すべきことに、このBH4は細胞内だけでなく細胞外にも放出され、隣接するがん細胞にも抗酸化作用を及ぼしていることが明らかになった。これにより、がん細胞同士が互いに助け合いながら、腫瘍全体としてフェロトーシスへの抵抗性を高めていることが示された。

GCH1阻害薬+フェロトーシス誘導薬、肺がんマウスで高いがん細胞死滅率示す

次に研究グループは、GCH1の機能を阻害する薬剤とフェロトーシスを誘導する薬剤を併用し、肺がんモデルマウスに投与してその治療効果を検証した。その結果、併用療法は、いずれか一方の単独療法よりもはるかに高いがん細胞死滅率を示し、腫瘍の成長を抑制することができた。これにより、がん細胞の異質性や細胞間相互作用を標的とした複合的治療法の有効性が実証され、フェロトーシスを標的とした新たな治療戦略の可能性が大きく広がった。

細胞間の協調的な防御機構、がん治療の根本的な変革につながる可能性

今回の研究成果は、がん細胞群が単独で治療抵抗性を獲得するのではなく、役割分担や協力関係を築くことで、腫瘍全体としての生存率を高めているという新たな視点を提示した。従来のがん治療では、こうした細胞間の協調的な防御機構は見過ごされており、今回の成果は治療効果の限界や耐性の発現を説明する重要な手がかりとなることが期待される。この考え方は肺がんにとどまらず、膵臓がんや乳がんなど他のがん種にも応用できる可能性を秘めており、今後のがん治療の根本的な変革につながることが期待される。

さらに、今回の研究で解明された細胞間の防御機構やシグナル伝達のメカニズムは、がんだけでなく他の疾患の病態解明や新薬開発にも寄与する可能性が高く、生命科学全体の進展にも貢献が期待される。がんを単なる細胞の異常増殖としてではなく、複雑な細胞群による協調的なシステムとして捉え直すことで、これまでの常識を超えた新たな治療パラダイムの構築が期待される。

詳細メカニズムの解明・GCH1標的薬剤の開発など実臨床へつなげる取り組みが必要

今後の研究では、今回発見された「YAP/TAZ活性の異なる細胞群間の相互作用」や「GCH1–BH4抗酸化システム」の分子レベルでの詳細なメカニズムを、さらに深く解明していくことが重要である。特に、BH4がどのような経路で細胞間を移動し、その抗酸化作用が腫瘍全体にどの程度影響を及ぼしているのか、さらにこの作用が細胞の代謝や他のシグナル伝達経路とどのように関連しているのかを明らかにする必要がある。

また、GCH1を標的とした薬剤の開発においては、標的選択性の向上、安全性の確保、体内動態の最適化を図りつつ、今回の基礎研究成果を実臨床へとつなげる取り組みが求められる。さらに、この細胞間防御機構が肺がんに限らず、膵臓がんや乳がん、さらには他の固形がんにおいても共通して存在するかどうかを検証し、より広範ながん治療への応用可能性を探る必要がある。

加えて、がん細胞の多様性に対応した個別化医療(プレシジョンメディシン)の実現に向けては、患者ごとの腫瘍の遺伝的・細胞的特徴を詳細に解析し、それに基づいて最適な治療戦略を設計することが不可欠である。これらの目標を達成するため、「基礎医学、薬物動態学、臨床医学など多角的なアプローチを通じて、新たながん治療薬の開発や治療プロトコルの最適化に取り組んでいく」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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