原因遺伝子が判明したRitscher-Schinzel症候群、診療改善には課題
名古屋市立大学は7月7日、これまで原因が不明であった小児難病において、新たな原因遺伝子を複数発見するとともに、患者に見られるさまざまな合併症の発症メカニズムを明らかにしたと発表した。今回の研究は、同大大学院医学研究科新生児・小児医学分野の加藤耕治特任助教(英国ブリストル大学リサーチアソシエイト)、西尾洋介研究員、齋藤伸治教授らと、トヨタ記念病院、名古屋大学、新潟大学、岡山大学、群馬大学のほか、イギリス、カタール、オランダ、エジプトなどの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Science Translational Medicine」に掲載されている。

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近年、ゲノム技術の進歩により、さまざまな小児希少疾患における原因遺伝子が次々と明らかになっている。原因遺伝子が判明することで、疾患の自然歴に応じた適切な検査の実施や、分子病態に基づいた治療法の選択が可能となることが期待される。しかしながら、小児希少疾患はその希少性ゆえに、病歴や分子病態に関する情報が乏しく、原因遺伝子が特定されても、それが直ちに患者の日常診療の改善に結びつかないことが少なくない。そのため、「原因遺伝子の解明をいかに日常診療の改善へとつなげるか」が、重要な課題となっている。
研究グループは、2020年にRitscher-Schinzel症候群の患者から、新たな疾患原因遺伝子としてVPS35Lを同定した。しかし当時、疾患の自然歴や病態メカニズムについては、何もわかっていなかった。そのため、原因遺伝子が明らかになった後も、患者のさまざまな症状に対しては、従来通り手探りで対応せざるを得ない状況が続いていた。
このような背景から、患者に最適な医療を提供するためには、同一疾患の患者の病歴を集積し、自然歴を明らかにするとともに、詳細な病態メカニズムを解明することが不可欠だった。
新たに3つの原因遺伝子を同定、膜タンパク質のリサイクル異常が症状に関連と判明
研究グループは国際共同研究により、COMMD4、COMMD9、CCDC93の各遺伝子が、Ritscher-Schinzel症候群の新たな原因遺伝子であることを明らかにした。これらの遺伝子に変異を有する患者では、成長発達の遅れ、脂質異常症、タンパク尿、脳の形成異常など、多様な合併症が認められた。詳細な病歴の比較により、今回解析された患者の症状は、これまでにVPS35LやWASHC5などの遺伝子変異が原因と報告されてきたRitscher-Schinzel症候群の症例と多くの共通点を持つ一方で、新たな合併症も確認された。これらは、Ritscher-Schinzel症候群の病態の多様性を示すとともに、その疾患概念を再定義する契機となる重要な成果である。
Ritscher-Schinzel症候群の原因遺伝子から作られるタンパク質はCommander複合体とWASH複合体を構成する。これらの複合体はSNX17と共に、エンドソームにおいて「NPxYモチーフ」という特定のアミノ酸配列を持つ膜タンパク質のリサイクルを担う。そこで、原因遺伝子を欠損させた細胞を解析したところ、NPxYモチーフを有するLDL受容体やLRP2という膜タンパク質の発現量が共通して低下していることがわかった。これらの膜タンパク質の機能異常は、それぞれ脂質異常症やタンパク尿との関連が知られており、患者で見られる症状の発症に関与していることが示唆された。
骨や神経でそれぞれの組織発生に重要な膜タンパク質の機能異常を確認
さらに、骨や神経組織由来の細胞を用いてプロテオーム解析を行った結果、それぞれの組織の発生に重要な複数の膜タンパク質の発現低下が確認された。また、病態の理解をさらに深めるため、中枢神経および骨組織でVps35lを特異的に欠損させたRitscher-Schinzel症候群のモデルマウスを樹立したところ、特に骨組織の解析では、骨の発生に重要なFGFシグナルやWntシグナルの制御異常が明らかになった。これはNPxYモチーフを有するFGF受容体やLRP4といった膜タンパク質の発現変化によるものであると考えられる。同様に脳組織の解析では、APPファミリーやSEZ6ファミリータンパク質などの機能不全が示唆された。
疾患概念を提唱、エンドソームの「リサイクル異常症」
以上の結果から、Ritscher-Schinzel症候群の背景には、エンドソームにおいて膜タンパク質のリサイクルを制御するCommander/WASH経路の異常が存在し、その結果として各組織で発生に重要な膜タンパク質の機能不全がさまざまな合併症の原因となっていることが示唆された。これらの知見を踏まえ、研究グループはエンドソームの「リサイクル異常症」という新たな疾患概念を提唱している。
Ritscher-Schinzel症候群の新たな原因遺伝子が同定されたことにより、これまで診断がついていなかった患者が新たに同症候群と診断され、臨床症状の理解が進んだ。これにより、疾患の自然歴に関する理解が深まることで、患者に対してより適切なケアを提供できると考えられる。「分子メカニズムが明らかになったことにより、将来的な治療法の開発にもつながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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