腹膜播種を有する切除不能な進行胃がん、既存薬剤の効果は限定的
国立医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN)は6月30日、腹膜播種を有する切除不能な進行胃がん患者に対して新規アンチセンス核酸医薬品「ASO-4733」を腹腔内に投与する第1相医師主導治験を名古屋大学医学部附属病院において開始したと発表した。この研究は、同研究所創薬デザイン研究センター・人工核酸スクリーニングプロジェクトの笠原勇矢プロジェクトリーダーらの研究グループと、名古屋大学大学院医学系研究科・消化器外科学の神田光郎教授および大阪大学大学院薬学研究科の小比賀聡教授らの共同研究によるもの。

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胃がんは、日本において依然として主要な死因の一つである。腹膜播種は、がん細胞が腹腔内に散らばり多数の小結節を形成する転移形式であり、胃がんの中でも特に難治性で予後不良とされている。
現在の標準的治療である全身化学療法(点滴や内服による抗がん剤治療)では、腹腔内に広がったがん細胞に十分薬剤が届かないことが治療効果を制限する要因の一つとされている。そのため、抗がん剤を腹腔内に直接投与する方法(腹腔内投与)が検討されてきたが、既存の薬剤では効果が限定的で、新たな薬剤の開発が望まれていた。
特異的高発現分子SYT13を標的とするアンチセンス核酸医薬「ASO-4733」を開発
研究グループは、腹膜播種を有する胃がんで特異的に高発現する分子「SYT13」に着目し、この分子を標的としたアンチセンス核酸医薬品「ASO-4733」の開発を名古屋大学および大阪大学と共同で進めてきた。
ASO-4733は高い標的結合性を有するとともに、大阪大学が独自に開発したアミド架橋型人工核酸(標的RNAへの結合性を高めつつ生体内で分解されにくくした核酸誘導体)を搭載し、生体内安定性を実現している。同剤は腹腔内に投与することで、特別なキャリアーなしでもがん細胞内に取り込まれ、腹膜内に長時間とどまって、局所のがん細胞に対して持続的に作用するように設計されている。
複数の動物モデルを用いた安全性試験で良好な結果
研究グループは、これまでに複数の動物実験によるASO-4733の安全性試験を実施してきた。まず、本来の標的以外の遺伝子に作用してしまう「オフターゲット効果」について検討したところ、ASO-4733は他の遺伝子への影響が極めて少なく、標的特異性に優れていた。
一般に、アンチセンス核酸医薬品は高用量投与により肝障害を引き起こす可能性が指摘されているが、マウスではASO-4733の投与後2週間および休薬2週間後の血液検査において、高用量群では一時的に肝胆道系酵素の上昇が見られたものの、休薬により速やかに回復することを確認した。また、ラットを用いた4週間の反復投与毒性試験では、一部の個体で体重減少や血液検査値の変化が見られたが、致死的な毒性や重篤な臓器障害は認められなかった。
さらに、カニクイザルを用いた4週間反復投与毒性試験においては、臨床想定投与量の50倍という高用量でも全身状態の悪化や主要臓器への明確な悪影響は認められず、全体として良好な安全性プロファイルが示された。これらの結果から、ASO-4733のヒトにおける初回投与試験を実施することは可能であると判断された。
ASO-4733の第1相医師主導治験を開始
今回の治験は、令和6年度AMED橋渡し研究プログラム(シーズC)「研究開発課題名:胃がん腹膜播種に特化したアンチセンス核酸医薬開発」の助成を受けて実施されるもの。名古屋大学医学部附属病院において、「腹膜播種を有する治癒切除不能な進行・再発胃がんに対するASO-4733腹腔内投与とSOX療法併用の第1相医師主導治験(jRCT2041250021)」として、2025年5月より開始された。
治験では、ASO-4733の安全性および忍容性の評価を主たる目的とし、用量制限毒性(DLT:Dose-Limiting Toxicity)の発現に基づき最大耐用量と推奨用量を決定する。また、血中・腹水中における薬物動態の解析も併せて実施する。
対象となるのは、胃あるいは食道胃接合部に発生した腺がんで、腹膜播種または腹水中にがん細胞が認められる症例だ。周術期治療を除く抗がん剤治療歴がなく、全身状態、腎機能・肝機能など一定の医学的基準を満たすことが前提とされている。
腹膜播種に対する新たな治療選択肢、バイオマーカーの確立に期待
今回の治験では、ASO-4733の忍容性と最適な投与法(最大耐用量および推奨用量)を確立し、有効性と安全性を検討する次段階の試験への移行を目指している。また、治験と並行して、SYT13の腫瘍組織における発現量や腹水中SYT13 mRNA量の変動に着目した探索的バイオマーカー研究も進行中である。これにより、将来的には治療効果の予測や治療対象の選別に資するバイオマーカーの確立が期待される。
「腹膜播種に対する核酸医薬品という新たな治療選択肢の確立を目指し、今後も臨床研究と基礎研究を密接に連携させた取り組みを継続していく」と、研究グループは述べている。
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・国立医薬基盤・健康・栄養研究所 プレスリリース


