プレゼンティーズム損失がもたらす社会経済的損失の金額は?
横浜市立大学は6月13日、働く人が「気分が沈む」「眠れない」といった心身の不調を抱えながら仕事を続けることで、日本全体では年間およそ7.6兆円の経済的な損失が生じていることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院国際マネジメント研究科の原広司准教授(COI-NEXT拠点Minds1020Lab研究開発課題6リーダー)と、産業医科大学産業生態科学研究所の永田智久准教授との共同研究によるもの。研究成果は、「Journal of Occupational and Environmental Medicine」に掲載されている。

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近年、労働者のメンタルヘルスに起因する生産性の低下が、経済・社会に及ぼす影響として注目されている。中でも、出勤はしているものの心身の不調により本来のパフォーマンスが発揮できないプレゼンティーズムは、欠勤(アブセンティーズム)以上に企業・組織に大きな損失をもたらすことが指摘されている。しかし、こうした「隠れた損失(Hidden Cost)」は、医療費などと異なり統計的に可視化されにくく、政策決定や職場対策において十分に考慮されていない。
これまでの先行研究では、特定の企業や業種に限定したプレゼンティーズム損失の定量的評価や、うつ病など特定の診断名に基づいた分析が多く、全国規模かつ多様なメンタルヘルス症状を含めた網羅的な経済損失の推計は限られていた。また、精神的な不調を自覚しながらも医療機関を受診していない層の影響は、従来の医療ベースの研究では捉えきれていなかった。
そこで今回の研究では、メンタルヘルスに関連する主観的な症状(例:気分が沈む、眠れないなど)を有する労働者のプレゼンティーズムおよびアブセンティーズムを対象とし、それらがもたらす社会経済的損失を全国レベルで金額換算し、初めて包括的に明らかにすることを目的とした。
全国の労働者2万7,507人を対象にインターネット調査を実施
研究では、全国の労働者2万7,507人を対象に、性別・年齢・地域を層化抽出したインターネット調査を2022年に実施した。調査では、メンタルヘルスに関連する主観的な症状や、これらの症状による仕事のパフォーマンスへの影響(プレゼンティーズム)、および過去1年間の病気による欠勤日数(アブセンティーズム)を自己記入式で収集した。
プレゼンティーズムの評価には、症状がある期間における仕事の「量」と「質」の低下を11段階で評価する「Quantity and Quality method」を用い、症状の発現日数と掛け合わせることで年間の損失日数を算出した。アブセンティーズムは、欠勤日数のカテゴリを中間値に変換し、同様に年間損失日数を推定した。
得られたプレゼンティーズムおよびアブセンティーズムの年間損失日数に対し、性別・年齢別の労働参加率と平均日収(厚生労働省統計)を掛け合わせることで、経済的損失を金額換算した。推計にはモンテカルロ法による確率感度分析を適用し、95%信頼区間を算出している。
メンタル不調による損失額7.6兆円は精神疾患医療費の7倍以上、女性の有症割合「高」
その結果、プレゼンティーズムによる損失額は約7.3兆円、アブセンティーズムによる損失は約0.3兆円であり、合計約7.6兆円に達した。これは日本の国内総生産(GDP)の約1.1%に相当する。また、65歳未満の精神疾患にかかる医療費(約1.1兆円)と比較しても、損失額は7倍以上にのぼることが明らかとなった。さらに、20~30代の女性において有症状の報告割合が特に高く、対策の必要性が示唆された。
企業や行政の労働者のメンタル不調に対する早期介入・支援体制強化が重要
今回の研究により、出勤しながら不調を抱える労働者が多く存在し、その影響が社会全体の生産性に甚大な損失をもたらしていることが、初めて全国レベルで金額換算された。同成果は、メンタルヘルス対策が単なる個人支援や医療の問題ではなく、経済政策や労働施策における重要な課題であることを強く示唆している。
「本研究成果は、一人ひとりがメンタルヘルスを整えることの重要性を再認識する契機となるとともに、行政や企業による一層の支援や対策の必要性を示している。その上で、メンタル不調を早期に発見する取り組みや、不調を改善するための支援策に対する科学的な有効性検証が求められる。研究グループでは、こうした介入の評価を継続的に行い、心の健康を支える社会づくりに貢献していくことを目指している」と、研究グループは述べている。
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・横浜市立大学 プレスリリース


