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統合失調症の脳で特定の脂質が低下していると判明、新たな治療薬創出に期待-理研ほか

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2020年05月11日 PM12:15

統合失調症における脳梁の脂質分子について網羅的に研究

)は4月29日、統合失調症の脳内白質において、スフィンゴ脂質の1種でシグナル分子としても重要な「)」の含量が低下していることを発見したと発表した。これは、理研脳神経科学研究センター分子精神遺伝研究チームの江崎加代子研究員、吉川武男チームリーダーらの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、科学雑誌「Schizophrenia Bulletin」に掲載されている。


画像はリリースより

統合失調症は、一般人口の約100人に1人の割合で発症する比較的頻度の高い精神疾患。思春期に好発し、適切な治療や医療を受けないと、生涯にわたり生活の質(QOL)が損なわれる可能性が高いという問題がある。

現在利用できる治療薬のほとんどは、神経伝達物質の受容体をブロックするものだが、副作用に悩まされる患者も多く存在する。さらに、「治療抵抗性」の患者は3割に上るという報告もあるが、新たな統合失調症治療薬の開発は十分に進んでいないのが現状だ。大きな理由の一つに、「統合失調症の脳内でどのような分子レベルの変化が生じているのかがわかっていない」ということがある。この状況を突破するためには、最新の分析装置を使用し、死後脳を用いて分子を網羅的に解析することが必要だ。脳組織は、神経細胞が豊富な灰白質と神経線維の束からなる白質に分けられる。統合失調症では、核磁気共鳴画像(MRI)などの画像研究で、白質容積の減少や白質走行の異常、およびミエリンの形成障害など、白質の異常が繰り返し報告されてきた。また、白質は脂質を豊富に含む組織だが、統合失調症における脂質代謝異常も以前から注目されていた。ただ、具体的にどのような脂質成分が統合失調症の白質で変化しているのかは、精密に測定されたことはなかった。特に脳梁は、白質の中でも、左右の大脳半球をつなぐ大きな構造をしている。

今回研究グループは、質量分析装置を用いて、統合失調症における脳梁の脂質分子を網羅的に調べることで、疾患発症のメカニズム解明や治療のための新しい手掛かりが得られると考え、検証を行った。

S1P含量の低下が、統合失調症における白質異常の分子基盤になっている可能性

脂質の中でもスフィンゴ脂質は、脳の発達や神経機能に特に重要な役割を果たしている。主要なスフィンゴ脂質の生合成は、セリンパルミトイルトランスフェラーゼ(SPT)によるパルミトイルCoAとアミノ酸のL‐セリンの縮合で始まり、セラミドやスフィンゴシン-1-リン酸(S1P)が合成される。

統合失調症では、アミノ酸のセリンの含量変化も報告されているため、セリンが合成に関わるスフィンゴ脂質は脂質の中でも特に興味が持たれる。先行研究で、セラミドの含量が統合失調症患者の皮膚で低下していることが報告されていたが、脳組織を用いてスフィンゴ脂質をセラミド以外にも広げて網羅的に測定した研究はなかった。そこで研究グループは、質量分析装置を用いて100種類以上のスフィンゴ脂質を、統合失調症死後脳の前頭葉(主に灰白質からなる)と脳梁(白質)に分けて定量した。その結果、S1Pだけが統合失調症の脳梁のみで約30%低下していた。この低下には、サンプルの年齢や性別、服薬歴、罹病期間など、疾患以外の因子による影響はなかった。

精神疾患は、複数の疾患(病名)の間で原因が重なる部分と異なる部分があることが想定されているため、S1P含量の低下が統合失調症という疾患に特異的なものであるかどうかを調べることにした。そこで、うつ病と双極性障害の脳梁でもS1P含量を測定したが、対照群との違いはなかった。次に、S1Pの低下が脳梁という白質に特異的なものか調べるために、3つの疾患の前頭葉(主に灰白質からなる)でも測定したが、対照群との違いはなかった。よって、S1P含量の低下は統合失調症の白質に特異的なものと考えられる。なお、脳梁には、前頭葉と比較して約10倍高濃度のS1Pが存在する。

次に、統合失調症の脳梁でS1P含量の低下が生じている原因を調べるため、S1Pの合成・分解に関わる9種類の酵素をコードする遺伝子の発現を調べた。その結果、S1Pの分解に携わる脂質リン酸フォスファターゼ遺伝子(PLPP3)とS1Pリアーゼ遺伝子(SGPL1)の発現が、統合失調症で上昇していた。PLPP3とSGPL1を比べると、「PLPP3はSGPL1に比較して脳梁での発現レベルが約5倍高い」「PLPP3レベルが高いほどS1P含量は低くなっている」という結果だったが、SGPL1レベルとS1P含量は相関していなかった。そのため、統合失調症の脳梁でのS1P含量の低下は、主にPLPP3による分解系が亢進した結果だと考えられた。

S1Pは、S1P受容体に結合して生理作用を発揮する。ヒトやマウスの生体内には5種類のS1P受容体(S1PR1-5)があることが知られているが、ヒトとマウスの死後脳では1型受容体(S1PR1/S1pr1)遺伝子と5型受容体(S1PR5/S1pr5)遺伝子の発現量が多く、4型受容体(S1PR4/S1pr4)遺伝子の発現は検出されなかった。統合失調症の脳梁で、1型、2型、3型、5型S1P受容体遺伝子の発現レベルを調べたところ、1型(S1PR1)と5型(S1PR5)遺伝子の発現レベルが健常対照群死後脳の脳梁に比較して有意に上昇していた。

また、S1P含量が低いほどS1PR1レベルが高いという関係が見られたが、S1PR5レベルとS1P含量の間には相関関係はなかった。このことから、S1P含量の低下に伴い、代償的にS1PR1の発現上昇が生じている可能性が考えられた。なお、マウスでS1PR1をノックアウトすると、脳の発達に異常をきたし、ミエリンの厚さが減少することが報告されている。このことからも、S1P含量の低下は統合失調症で報告されている白質異常の分子基盤の一つになっている可能性がある。

S1Pシグナルに作用する化合物が、統合失調症の新たな治療薬として有望

今回の研究成果により、シグナル分子として重要なスフィンゴシン-1-リン酸(S1P)が統合失調症の脳で低下している可能性が初めて明かになった。S1Pはいろいろな生理活性を持つことが知られており、これまでにS1Pシグナルに対する多くの化合物が合成されている。そのうちいくつかは治療薬として使われ、未承認の化合物の多くも臨床治験の段階に入っている。例えば、フィンゴリモドという化合物はS1P受容体に作用するが、多発性硬化症という脳神経の病気に使われている。今回解析したS1Pの分解酵素であるSPGL1に作用する化合物は、関節リウマチの治療薬として現在臨床試験が行われている。

統合失調症に対する治療薬は、神経伝達物質の受容体に作用する化合物以外にはほとんどないのが現状だが、今回の結果から、S1Pシグナルに作用する化合物が、統合失調症の新たな治療薬として有望であることが示唆された。

研究グループは、「本研究成果は、S1Pの代謝あるいはS1P受容体を標的とした、統合失調症に対する新たな創薬の切り口になると期待できる」と、述べている。

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