MASLDからMASHへの進行、鍵を握るのはどの脂質か?
千葉大学は6月3日、肝臓脂肪滴に蓄積するコレステロールが、代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)の炎症や線維化を引き起こすことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院の佐久間一基特任准教授、大学院医学研究院/災害治療学研究所の田中知明教授、イェール大学医学部のGerald I. Shulman教授らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「米国科学アカデミー紀要PNAS」にオンライン掲載されている。

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代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)は、日本を含む世界中で増加しており、成人の約30%が罹患しているとされる、最も一般的な慢性肝疾患だ。2024年の報告では、日本におけるMASLDの有病率は、男性で30.3%、女性で16.1%とされている。MASLDの一部は、肝炎を伴うMASHへと進行し、さらに肝硬変や肝がんなどの重篤な病態を引き起こす可能性がある。
2024年に米国において、甲状腺ホルモン受容体βアゴニストであるレスメチロムがMASHの治療薬として初めて承認された。しかし、レスメチロムの有効率は約30%にとどまることや、薬価が高いことから、依然として多くの患者に対応できる新たな治療薬の開発が強く求められている。
これまでMASHの原因として重要な役割を果たすのは、脂肪酸、コレステロール、セラミドなどの「生理活性脂質」であると想定されてきた。しかし、これらのうち、どの脂質がMASHの発症において決定的な病因物質であるのかについては、十分には解明されていなかった。
肝脂肪滴中コレステロール量がMASH様病態と相関、マウスで発見
まず、研究グループはコリン欠乏高脂肪食(CDAHFD)を投与したMASHモデルマウスを解析した。CDAHFDは、コリンを含まず、特定のアミノ酸組成と高脂肪を特徴とした食餌。脂肪の代謝や肝臓の正常な機能に不可欠な栄養素であるコリンを欠乏させることで肝臓に脂肪が蓄積し、炎症や線維化を伴うMASH様の病態をマウスで再現することができる。
CDAHFDを投与したマウスでは、わずか5日間で肝臓の脂肪滴内にコレステロールが急速に蓄積し、同時に炎症や肝線維化のマーカーが顕著に増加した。一方で、肝臓全体のコレステロール量に変化は見られなかったことから、脂肪滴という特定の細胞内構造に局所的に蓄積するコレステロールがMASHの病態を引き起こす可能性が示唆された。
さらに、コレステロール合成に利用される Coenzyme A(補酵素A)の合成酵素Coenzyme A synthase(COASY)をアンチセンスオリゴヌクレオチドで抑制したところ、肝臓脂肪滴中のコレステロール量が減少し、炎症と線維化の進行も抑えられた。同様の効果は、コレステロール合成阻害薬であるベンペド酸やスタチンの投与でも確認された。一方、食餌によりコレステロールを投与すると、肝臓脂肪滴中のコレステロール量が上昇し、COASY抑制による保護効果は消失した。
ヒトでも肝脂肪滴中コレステロール量とMASH重症度の関連を確認
次に、マウスで得られた知見をヒトの肝生検検体を用いて検証した。その結果、MASHで肝線維化を有する症例では、肝脂肪滴中のコレステロール量が高いことが確認された。特に、MASHの病態進行と関連する遺伝子多型であるPNPLA3 I148Mを有する症例では、肝臓脂肪滴中のコレステロール量が増加していた。
一方で、MASHの病態を抑制するとされるHSD17B13の遺伝子多型を有する症例では、コレステロール量が低下していた。これらの結果から、肝臓脂肪滴に蓄積するコレステロールの量が、個人の遺伝的背景とMASH病態の重症度に密接に関連していることが明らかになった。
肝脂肪滴中コレステロールを標的とした新たな治療法開発に期待
今回の研究により、肝臓脂肪滴に蓄積するコレステロールがMASHの病態進展において重要な役割を果たすことが明らかになった。さらに、COASYの発現抑制やコレステロール合成阻害薬(ベンペド酸)の投与によって脂肪滴中のコレステロール量が低下し、病態の進行を抑制できることが示された。
「今後、これらの知見を基に、肝臓脂肪滴中のコレステロールを標的とした新たな治療法の開発が期待される」と、研究グループは述べている。
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