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【ディオバン裁判】判決が意味するものとは~ジャーナリスト・村上和巳の傍聴レポート(前編)

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2017年04月26日 PM04:00

高血圧治療薬・ディオバンの臨床研究で、ノバルティスファーマの元社員・白橋伸雄被告と法人としてのノバルティスファーマが、薬事法(現・医薬品医療機器法)違反に問われた裁判。3月16日に開かれた判決公判で、辻川靖夫裁判長は白橋被告と法人としてのノバルティスファーマともに無罪とする判決を言い渡した。この判決が意味することは何か。データ改ざんが発覚した当初から取材を続けるジャーナリスト・村上和巳氏によるリポート。

一般傍聴席・35席を巡る抽選にはノバルティスの関係者も

3月16日午後0時半過ぎ、東京地裁の正面玄関左脇に徐々に人が並び始める。この日、開かれるノバルティスファーマの高血圧治療薬・(一般名・バルサルタン)の臨床研究をめぐる薬事法違反事件の判決公判傍聴希望者の列だ。前週木曜日、東京地裁のホームページには地裁の1番交付所に午後1時までに集合した傍聴希望者を対象に、抽選を行うことを予告していた。

この事件の裁判では、初公判ならびに第2回公判は抽選が行われたが、その後検察による求刑が行われた第40回公判までは抽選は行われていない。しかし、医薬マーケティングにおいて重要な判断を行われるであろう、判決公判については、抽選は必至と見られていた。さらに、公判を担当する辻川靖夫裁判長からは求刑公判時に「判決公判は2時間を予定している」と予め宣告があった。これほど時間がかかる判決公判はさほど多くない。判決公判で何が語られるのか、私も興味津々だった。


撮影:

抽選は先着順に配られた整理券番号を基にコンピュータでランダムに当選者を決める。午後0時45分過ぎ、地裁職員が傍聴希望者を交付所内へ誘導し始めた。交付所といっても、玄関脇を仕切っただけの吹きさらしのスペース。交付所に入ると抽選終了まで、そこから出ることはできない。第3回公判以降は閑散としていただけに、この裁判を注視していた面々も傍聴希望者の多さにやや面食らっていた。

一般傍聴席は、司法記者クラブの報道席、および裁判関係者席を除くと35席しかない。初公判での抽選状況から当選確率は5人に1人程度と勝手に予想していたが、整理券配布締め切りの午後1時近くになっても傍聴希望者は続々と集まってきた。後に知ったのだが、最終的に約200人が抽選に並んでいたとのこと。この事件に最も関心が高い関係者の一群に医療専門誌記者がいるが、彼らも私も司法記者クラブ所属ではないため、一般傍聴希望者と同様に抽選対象になる。このため専門誌各社も傍聴券獲得のため複数の社員が並んでいた。なかにはノバルティスの関係者も。後に分かったが、地裁が用意しているノバルティスファーマ関係者席は2席。さすがに判決公判は傍聴しなければならない関係者が多いため、抽選に並んでいた。

午後1時、当選番号が交付所前のホワイトボードに掲示された。前方にいる一部の傍聴希望者の中には「あっ、当たった」と声をあげる者もいたが、視力の悪い私は自分の整理券番号が当選しているか否かは分からない。交付所に並んでいる傍聴希望者が前方から順に移動しながら、ホワイトボード前で番号を確認する。自分は1番違いでハズレだった。私はこの時点でジ・エンドのはずだったが、大人数を並ばせたある関係者から余った当選整理券を獲得し、地裁の玄関をくぐった。公判が開かれるのは第528号法廷である。玄関に設置されたX線検査機に手荷物を通し、自分自身も金属探知機のゲートをくぐって、ぎゅうぎゅう詰めのエレベーターで5階へ向かった。

法廷前の廊下では地裁職員が傍聴希望者の持つ当選整理券を手元の当選番号と照合。これが済むと両手の平大の白い整理券が、手の平におさまる黄色の傍聴券にトレードされる。そして再度、法廷入り口脇に並ぶことになった。地裁職員からは頭撮り(テレビのニュースなどで流れる法廷の風景で、公判開始前に被告以外が入廷した状態で行われる)があることとともに、映りたくない場合は予め申し出て、終了後に入室するようにアナウンスがあった。

裁判長と左右裁判官が入廷。全員起立を命じられる。一礼の後、裁判長らの着席とともに全員着席。そして傍聴席最後方に設置されたテレビカメラの横にいた女性が「撮影開始!」と告知した。法廷内は静まり返り、裁判長はテレビカメラの方に一直線に視線を送り、傍聴人はみな裁判長側を凝視している。天井の方から、なぜか板が割れるような「ピリッ」という小さな音が響く。「30秒前!」の声から間もなく「撮影終了です」という声がした。

撮影終了とともに傍聴席に親子と思われる2人の女性が関係者傍聴席に座った。白橋被告の家族だろうか。それに続いて白橋被告とノバルティスファーマを代表している女性執行役員が被告人席に入り、着席した。白橋被告は口を真一文字に閉じたままだ。事件に関する報道が過熱した時期、テレビカメラの直撃を受け、必死に撮影を阻止しようとしていた鬼の形相そのままだ。2014年6月11日に東京地方検察庁(東京地検)に逮捕されて以来、この手の事件としては異例ともいえる1年半もの拘留が続き、初公判直前の2015年12月になってようやく釈放が認められている。

「KHSのデータ管理者は誰か」「プロモーションが過大広告にあたるか」が争点

改めて今回起訴された内容を簡単に振り返ろう。問題となったのは既存治療を受けていた日本人の高リスク高血圧患者を対象にノバルティスのアンジオテンシンII受容体拮抗系降圧薬(ARB)・ディオバンの上乗せによる心血管イベント発症抑制効果を比較検討した「Kyoto Heart Study(KHS、主任研究者:松原弘明・京都府立医科大学循環器内科教授)」の2つのサブ解析論文である。

1つは同研究の参加患者をディオバンとCa拮抗薬併用投与群とCa拮抗薬単独投与群に分けて検討したもの。もう1つが冠動脈疾患(CAD)既往の有無に分け、ディオバン群と非ARB群との間を比較したもの。いずれも脳心血管イベントの発症抑制効果を比較検討し、ディオバンが含まれる集団で有意に脳心血管イベントの発症を抑制したという結果になった。

KHSはノバルティス社の寄付金を受けて実施されていたものの、あくまで医師主導の臨床研究であり、本来データの収集や解析にはノバルティス社がタッチすべきものではなかった。しかし、実際には大阪市立大学非常勤講師の肩書も持つ同社社員の白橋被告が、KHSの統計解析を担当し、2つのサブ解析論文でディオバンを含む群に有利なデータ改ざんを行ったとされた。この論文を基にノバルティスが行ったプロモーションが薬事法(現・)第66条1項に定める「虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない」に違反するとして白橋被告が逮捕され、同法第90条に定める法人の監督責任に伴う両罰規定でノバルティスファーマも起訴された。

「被告人・ノバルティスファーマ株式会社及び被告人・白橋伸雄はいずれも無罪」

辻川裁判長が開廷を宣言。被告2人に証言台に進み出るよう促した。


撮影:村上和巳

辻川裁判長は司法修習生40期で55歳。刑事事件を扱う地裁レベル以上ではこれまで東京地裁、札幌地裁で勤務経験がある。札幌地裁時代は、裁判長(総括判事)として、2008年には国土交通省北海道開発局発注の工事をめぐる官製談合事件、2010年には衆議院北海道5区から当選していた旧・民主党の小林千代美議員陣営への不正な資金提供による政治資金規制法違反事件(通称・北教組事件)を担当。昨年には1977年のダッカ日航機ハイジャック事件で超法規的措置により釈放されて日本赤軍に合流した城崎勉が、1986年5月にインドネシアの首都ジャカルタで日本大使館やアメリカ大使館にロケット弾を撃ち込んだジャカルタ事件の裁判で、城崎に懲役13年の有罪判決を下している。

辻川裁判長は被告の2人に判決を言い渡した。

「それでは被告人・ノバルティスファーマ株式会社及び被告人・白橋伸雄に対する薬事法違反に関して判決を言い渡します。まず、主文は次の通りです。被告人・ノバルティスファーマ株式会社及び被告人・白橋伸雄はいずれも無罪」

法廷内が数秒間静まり返ったが、それも一呼吸程度の間。速報を打つために司法記者クラブの記者たちが法廷外に駆け出した直後、法廷内には「フー」とも「ホー」とも判別できない微かな声が広がった。医療専門誌記者同士は互いに目を大きくして顔を見合わせた。意外だという反応の表れだ。背後からうかがう限り白橋被告は特に変化はない。女性執行役員はやや会釈をしたように見えた。
⇒後編【ディオバン裁判】判決が意味するものとは~ジャーナリスト・村上和巳の傍聴レポート

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