脳卒中後の失行症、行為主体感(SoA)にどう影響を及ぼす?
畿央大学は6月20日、左半球脳卒中患者を対象に、「感覚−感覚統合」および「感覚−運動統合」の時間的な処理幅(=時間窓)と、明示的なSoAの時間窓を比較する実験を実施した結果を発表した。この研究は、同大大学院の信迫悟志教授、森岡周教授、明治大学の嶋田総太郎教授、慶應義塾大学の前田貴記講師らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in Human Neuroscience」に掲載されている。

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脳卒中後にみられる失行症は、運動麻痺や感覚障害がないにもかかわらず、日常生活上のさまざまな意図的な動作(ジェスチャー、パントマイム、模倣、道具使用)が困難となる高次脳機能障害。その背景には、自己の運動と感覚的な結果との統合(感覚−運動統合)の障害があるとされるが、それが「自分の行為によって結果が生じた」と感じる意識経験(=行為主体感、Sense of Agency:SoA)にどのような影響を及ぼすかは明らかではなかった。
左半球脳卒中後患者対象、感覚−感覚/感覚−運動統合と明示的SoA時間窓を比較検討
今回の研究では、左半球脳卒中患者20人(失行群9人、非失行群11人)を対象に、2つの心理物理課題を用いて、感覚-感覚/感覚-運動統合と明示的SoAの時間窓を比較検討した。失行の有無はApraxia screen of TULIA(AST)により評価した。
失行群「感覚−運動統合」時間窓が著しく歪む一方で、明示的なSoA時間窓は保持
遅延検出課題では、参加者に左示指の受動運動および能動運動に対するその映像フィードバックの遅延を検出してもらった。映像遅延は0〜600msまでの7段階(100ms刻み)で設定され、各条件下で遅延の有無を強制選択で回答してもらった。その結果、失行群では能動運動に対する視覚フィードバックの遅延を検出する感覚−運動統合の時間窓(能動-DDT)が有意に延長しており(遅延検出が困難、著しく歪んでいる)、その判断の明瞭さ(能動-steepness)も緩やかであることが示された。一方で、受動運動に対する視覚フィードバックの遅延を検出する感覚−感覚統合の時間窓(受動-DDT)とその判断の明瞭さ(受動-steepness)には群間差が認められなかった。
明示的SoA課題では、参加者のボタン押しによって、画面上の正方形の図形(□)がジャンプする。ただし、実際にはボタンを押してから□がジャンプするまでに、0〜1000msの間で設定された11(100ms刻み)遅延がランダムに挿入される。各試行の後、参加者は「自分のボタン押しによって□がジャンプしたと感じたかどうか」について、「はい/いいえ」で主観的に回答する。この回答をもとに、どの程度の時間的遅延まで「自分のボタン押しが□ジャンプの原因である」と感じられるか、すなわちSoAが保たれる時間幅(=SoAの時間窓)を定量的に評価した。その結果、失行群と非失行群の間で、SoAの時間窓(PSE)や判断の明瞭さ(SoA-steepness)に有意差は認められず、明示的なSoAは保持されていることが示された。
これらの結果より、感覚−運動統合にのみ障害が見られた一方で、SoAの時間窓は保たれており、SoAにおける高次認知的補償機構の存在が示唆された。
ヒトでのSoAの生成メカニズムをより深く理解するための貴重な手がかりに
今回の研究では、脳卒中後失行症を呈した患者において、感覚−運動統合に明らかな障害がある一方で、明示的なSoAは保持されているという乖離を、初めて実証的に示した。この結果は、SoAが単一の過程ではなく、低次の感覚−運動レベル(予測誤差の検出など)から高次の認知的判断レベル(自己帰属の判断)までの階層的なプロセスで構成されているという近年の理論枠組みを支持するものである。低次レベルに障害があっても高次の判断が保持されうるという点は、SoAの可塑性や補償のあり方を理解するうえで重要な示唆を与えるとしている。同研究は、失行という病態を通じて、ヒトにおけるSoAの生成メカニズムをより深く理解するための貴重な手がかりを提供するものである、と研究グループは述べている。
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・畿央大学 プレスリリース