NMDA受容体に対する自己抗体が引き起こす神経疾患
Arialys Therapeutics社は6月17日、主力医薬品候補である「ART5803」が、抗NMDA受容体脳炎(ANRE)の疾患メカニズムを効果的にブロックし、霊長類動物モデルの行動障害を迅速に回復させることを示す前臨床データを得たと発表した。この研究は、同社およびアステラス製薬株式会社、カリフォルニア大学デービス校、北里大学医学部、Vanadro社の共同研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。

ANREは死に至る可能性がある希少な神経疾患。管理が難しく、誤診されることも少なくない。この疾患は、脳内のNMDA受容体に結合して架橋する病原性自己抗体(抗NMDA受容体自己抗体)によって引き起こされ、受容体の内在化によりシナプス機能障害を誘発する。その結果、精神障害や行動異常、認知機能の低下、発作、昏睡、自律神経系機能の低下など、さまざまな神経精神症状が現れる。
この疾患は小児で発症する割合も高く、病原性自己抗体が神経発達障害を引き起こす可能性がある。ANREの治療法は未だ承認されておらず、現在の治療法は既存の免疫抑制療法が中心だ。しかし、効果発現に時間を要し、重篤な副作用を伴うなどの課題があった。
受容体機能を阻害しない抗NMDA受容体抗体「ART5803」
ART5803は、受容体の機能を阻害したり、内在化を引き起こしたりすることなく、NMDA受容体のGluN1サブユニットに選択的に結合するように設計されたヒト化片腕IgG1抗体。今回の研究では、ANREの新規霊長類動物モデル(マーモセット)を用いてART5803の効果を分子レベルと行動レベルで検討した。
霊長類モデルで病態改善を確認、忍容性も良好
ANREの新規マーモセットモデルにおいて、ART5803はNMDA受容体の内在化を強力にブロックする効果を示し、分子レベルと行動レベル双方で病態を改善した。ART5803の効果は速やかに発現し、モデル動物で良好な忍容性を示した。なお、今回の論文には、ART5803の結合エピトープ、作用機序、および患者への全身投与の実現可能性を支える薬物動態モデリングの検討結果も含まれている。
抗NMDA受容体自己抗体の産生メカニズム、特定の感染症が引き金の可能性
今回の研究では、抗NMDA受容体自己抗体の産生メカニズムに感染症、特にトキソプラズマ原虫と特定の細菌性病原体が関係している可能性を見出した。エピトープマッピング解析により、微生物タンパク質とNMDA受容体のGluN1サブユニット間でアミノ酸配列が一致する領域が特定され、これらの微生物に対する抗体がNMDA受容体に交差反応する可能性(Molecular Mimicry)が示唆された。
トキソプラズマ症と細菌感染症は、さまざまな神経精神疾患の危険因子として知られている。これらの研究結果は、ART5803が自己免疫性神経精神疾患全体において、潜在的に幅広い治療効果を有する可能性を裏付けるものだ。
ANRE以外の神経精神疾患に対する効果にも期待
最近の研究で、統合失調症、うつ病、双極性障害、認知症などの他の神経精神疾患においても、抗NMDA受容体自己抗体が同定されている。同社は、抗NMDA受容体自己抗体陽性の精神疾患患者を組み込んだART5803の臨床評価を計画中だ。さらに、現在、独自に開発した抗NMDA受容体自己抗体のハイスループットスクリーニングを用いて患者サンプルのテストを行い、今後の臨床開発に向けて適用拡大と対象となる患者の特定を進めている。
ART5803は現在、健康なボランティアを対象とした第1相臨床試験を実施中。同社は、2025年2月に全ての単回投与漸増(SAD)試験の完了と反復投与漸増(MAD)試験の開始を発表しており、2025年後半に初期臨床データを共有するとともに、第2相試験を開始する予定だ。
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・Arialys Therapeutics プレスリリース