片腎が代償的に働く「腎カウンターバランス」、メカニズムは長年の謎だった
筑波大学は6月23日、左右の腎臓が機能的・構造的なバランスを保とうとする現象(腎カウンターバランス)の分子メカニズムを初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学医療系人間総合科学研究科生命システム医学専攻の坂本和雄氏 (現:神戸大学医学部附属病院 腎・血液浄化センター特定助教)、医学医療系の川西邦夫助教(現:昭和医科大学医学部解剖学講座顕微解剖学部門教授)、同大生存ダイナミクス研究センターの金俊達助教(現:富山大学 和漢医薬学総合研究所研究開発部門複雑系解析分野准教授)、東海大学医学部医学科生体構造機能学の松阪泰二教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Proceedings of the Japan Academy, Series B」にオンライン掲載されている。

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慢性腎臓病は、加齢、高血圧、糖尿病、糸球体腎炎など多様な要因によって発症する。進行すると腎機能が不可逆的に低下し、透析や腎移植といった腎代替療法が必要となる。世界的に重大な健康問題となっており、日本国内でも末期腎不全の患者数は年々増加している。近年では、急性腎障害から慢性腎臓病への進展メカニズムの研究が進み、早期診断と介入の重要性が認識されつつある。
腎臓疾患の研究では、従来、一側性の尿管閉塞(逆流性腎障害)や一側性虚血再灌流障害といった、主に尿細管間質に障害を与える動物モデルが用いられてきた。これらのモデルは技術的に安定しており、慢性障害の再現性に優れているが、尿細管障害を中心とした病態を反映しているため、糸球体(血液をろ過する組織)に起因する病態や、左右の腎臓が互いに影響し合う「システム」としての腎疾患メカニズムを明らかにするには限界があるとされてきた。
腎臓は左右一対の臓器であり、一方の腎機能が低下すると、他方が代償的に働きを高めることが知られている。このような左右間の動的なバランス調節は、「腎カウンターバランス」と呼ばれているが、そのメカニズムは長年不明だった。
片側のみ糸球体障害を起こす新しいマウスモデル「2K1N」を開発
そこで、研究グループは、新たなマウスモデルを開発し、腎カウンターバランスのメカニズム解明に取り組んだ。
今回の研究では、糸球体の足細胞特異的にヒトCD25を発現するNEP25マウス(ネフローゼ症候群モデル)を用い、CD25に対する免疫トキシンLMB2を投与することで、足細胞障害(グロメルロパチー)を片側の腎臓にのみ生じさせることのできる2K1N(two-kidney, one-nephropathy、片腎障害)マウスモデルを作製した。
腎臓間のバランスが腎疾患の進展に与える影響が明らかに
この2K1Nモデルでは、障害腎における腎血流が時間依存的に低下し、健常腎では代償性の安定化が見られた。一方、両側に同等の障害を負わせた2K2N(両腎障害)モデルでは血流の不均衡が認められず、全身性の浮腫やタンパク尿が増悪した。これにより、左右の腎臓間での機能的競合とその不均衡が、腎疾患の進展に大きく関与することが示された。
腎カウンターバランス制御にAngIIが関与することを発見
2K1Nおよび2K2Nモデルについて、トランスクリプトーム(RNA-seq)解析および分子生物学的手法で詳しく調べたところ、血圧を上昇させるホルモンであるアンジオテンシンII (AngII)の生成に関わるタンパク質分解酵素Ren1(レニン)発現の左右差が明らかとなった。また、腎AngIIの発現量も障害腎側で顕著に増加していた。
これに対し、アンジオテンシン変換酵素阻害薬を投与すると、血流低下と糸球体病変が改善され、局所的なAngIIの調節が腎カウンターバランスの正常化に寄与することが示唆された。
一側性腎疾患や糸球体病変の病態解明、治療法開発に有用な実験モデル
同研究は、これまで尿細管間質障害モデルが使われてきた慢性腎疾患研究に対して、糸球体の病変に着目した新たな実験モデルを提供するものだ。今回構築した2K1Nモデルは、2つある腎臓のうち一方だけに糸球体障害を選択的に誘導することが可能で、もう一方の健常腎との比較によって、腎臓同士がどのように影響を与え合っているか、すなわち腎カウンターバランスの動態を詳細に解析できる点が大きな特徴である。
「このモデルにより、腎動脈狭窄や片腎摘出後の代償反応など、一側性腎疾患に特有の病態進展の仕組みの解明や、腎移植患者において、もともとの病気の腎臓と新たに移植された健康な腎臓との間に生じるカウンターバランス関係を分子レベルで明らかにすることが可能となる。今後さらに、局所的なAngIIの調節機構の解明やその治療的制御を含む、臨床応用への橋渡し研究を進める予定だ」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURBAL


