難聴は認知機能低下の原因になりうる
広島大学は6月18日、1日1時間高音域の音楽を聴くだけで難聴者の脳が活性化し、 聞き取り能力が改善することが判明したと発表した。この研究は、同大大学院医系科学研究科耳鼻咽喉科学・頭頸部外科学研究室の石野岳志講師らの研究グループとユニバーサル・サウンドデザイン株式会社の共同研究によるもの。研究成果は、「Biology」に掲載されている。

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日本では、高齢化の進行とともに感音性難聴を抱える人が増えている。感音性難聴は、内耳の蝸牛や聴神経から脳の聴覚中枢までの障害により音の感知・認識機能が低下し、音が聞こえにくくなる疾患だ。騒がしい環境下で会話の聞き取りが難しくなり、特に語音明瞭度(言葉を聞き分ける力)が低下するため、集中して聞こうとすることで疲れやすくなる。
こうした状態が続くと、聴覚刺激の減少による聴覚機能の廃用や認知機能の低下、脳の働きへの悪影響が懸念される。感音性難聴では、音量を上げても明瞭性が改善されにくい。そのため、耳から脳への音情報の伝達・処理が不十分になると、記憶や理解をつかさどる脳の働きも低下し、結果として認知の衰えを早める可能性がある。
従来、難聴の対策としては補聴器の使用が一般的だ。しかし、「長時間の装着が難しい」「使いづらい」といった理由から、継続して使えない人も少なくない。そのような背景から、補聴器に代わる新しい聴覚リハビリテーションの選択肢として、明瞭で聞き取りやすい高精細な音(明瞭聴取音/IH音)を活用した音響療法(IH音療法)が注目を集めている。補聴器を装着しなくても実施できるこうした方法は、継続しやすく、脳の反応の変化を伴う効果的なリハビリ手法として期待されている。
明瞭聴取音を用いた聴覚リハビリテーション法の効果を検証
今回の研究では、補聴器では補いにくい高音域(2kHz~8kHz)および超高音域(8kHz以上)の音を明瞭に再現する高明瞭化音響デバイスを用い、高音の聴こえが残っている難聴者に対して、短時間の音楽聴取を毎日続けることで、脳の音処理機能がどのように変化するかを検証した。
具体的には、感音性難聴者40人をHQ(全症例)、HF-HQ(高音域の聴力が保たれているグループ)と対照群(Ctrl)に分け、35日間、毎日1時間の音楽聴取を実施した。
IH音療法で難聴患者の騒音下における音声知覚能力が改善、聴覚に関する脳活動も活性化
その結果、IH音療法群(HQ、HF-HQ)では、騒音下での音声聞き取りテスト(S/N比+10dB)で、有意な改善を確認した(p<0.05)。 また、IH音療法群(HQ、HF-HQ)は、脳磁図計測において聴覚皮質(左上側頭回)の神経反応(N1m-P2m、MMNm)が活性化しており、明瞭な音が聴覚中枢に的確な刺激を与えていたことが示唆された。
IH音療法は年齢に関係なく有効であることを確認
さらに、IH音療法は年齢に関係なく有効であることが認められた。特に、高音域の聴力が比較的保たれている患者(HF-HQ)では、より大きな効果が得られた。IH音療法によって脳の音声処理能力が向上し、「騒音下での聞こえ」の改善につながったと考えられた。
新たな聴覚リハビリテーションの選択肢として期待
今回の研究成果は、IH音療法が高精細な音を活用した非装着型の聴覚リハビリとして、新しい選択肢となる可能性を示したものだ。
「本研究で示されたIH音療法の有効性を踏まえ、今後はその実用化に向けた開発や臨床応用の検討を進める。特に、最適な使用時間や期間の特定、補聴器との比較による満足度の評価など、より実践的な条件下での効果検証、長期的な効果や持続性の確認に取り組んでいく」と、研究グループは述べている。
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・広島大学 研究成果


