「日本庭園はリラックスする」科学的根拠は?
長崎大学は5月22日、日本庭園鑑賞がヒトのストレス減少に与える効果に関する研究結果を発表した。この研究は、同大環境科学部の五島聖子教授、ピッツバーグ大学医学部のへラップ・カール教授、蘇州科技大学建築都市計画学院の孫ビンカイ准教授、京都大学工学部の山口敬太教授、信州大学人文学部の高瀬弘樹教授、京都芸術大学の加藤友規教授、長崎大学ICT基盤センターの古賀掲維准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in Neuro Science」に掲載されている。

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日本庭園には「見るだけで心が落ち着く」と言われることがある。特に、座って景色をじっと眺める「観賞式庭園」は、古くから禅寺などで使われ、瞑想の助けとされてきた。しかし、その癒やし効果の仕組みは、実はよくわかっていなかった。これまでの研究でも、「自然を見るとストレスが減る」「日本庭園はリラックスする」などの結果は出ていたが、その背景の部分は科学的に説明されていなかった。
視線視線のパターンに注目、京都市指定文化財の日本庭園/大学内の庭園を比較
そこで今回の研究では、「目の動き(視線のパターン)」に注目して2つの庭園を比較し、視線がどこをどう動くかが、心や身体にどんな影響を与えるかを探った。
2つの庭園は、無鄰菴(むりんあん)と京都大学の庭園。無鄰菴は明治時代に山形有朋の別荘として造られた庭園で、遠くの東山を借景した座観式庭園(京都市指定文化財)である。落ち着く庭として定評があり、世界中から観光客が訪れる。また京都大学の庭園は構内の中庭にある日本風の庭園で、手入れはやや簡素である。
実験は、大学生16人(男女混合、日本庭園に詳しい美術系の学生と、あまり知識のない都市計画系の学生を含む)を対象として行われた。被験者は、目の動きを追跡する「アイトラッカー(視線計測装置)」を装着。どの方向に、どのくらい速く、どれだけの範囲を見ていたかがデータとして記録された。心の落ち着きは心拍数に表れるため、指先にセンサーをつけて、庭を見ているあいだの心拍の変化も測定された。加えて、「怒り」「緊張」「疲労感」「活気」などを測る心理テスト(POMS2)を使い、庭を見る前と後の気分の変化も記録。また、庭の好き嫌いや感想など、個人的評価・思考も記録された。このように、目の動き+心拍+気分を三位一体で測ることで、「庭園を見ることがヒトにどんな効果をもたらすのか」を多角的に解き明かした。
日本庭園では心拍低下と気分改善が顕著、視線の広範囲な移動がストレス軽減に寄与の可能性
無鄰菴は、東山を中心とした自然風景の設計意匠が優れているだけでなく、優れた剪定技術によって、意図された風景が完璧に維持されている。この庭園の鑑賞では、視線が水平方向に素早く広く動く傾向が見られ、心拍数の低下と気分の改善が顕著に見られた。一方、大学の庭園は設計意匠が不明であるだけでなく、植栽の剪定もまばらで、雑草やゴミが目立つ。このような庭園では、視線が中心に集中しがちで、リラックス効果は限定的であった。特定の要素を見るよりも、「視線の広範囲な移動」がストレス軽減に関係している可能性が示唆された。
ストレスケア心理療法と似た視線パターン、庭園空間デザインが自然なストレス解消を促す
この視線のパターンは、ストレスケアの心理療法「EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)」と似ており、庭園空間の「デザイン」が自然なストレス解消を促していると考えられる。無鄰菴は山形有朋が小川治兵衛に造らせた、文化財に指定されている近代日本庭園である。東山を中心とした風景の設計意匠が精緻であり、掃除が徹底されており、ゴミや雑草は認められない。庭園周囲の樹木の高さを調節することにより、東山の景色を取り入れるとともに、地域開発により出現した建造物など、設計意匠以外の景観を排除している。また水の流れが斜めに走るように配置されており、視線が左右に自然に動く特徴がある。
京都大学の庭園はアインシュタインの訪問を記念した記念樹(ヒマラヤスギ)を中心とした日本庭園である。中央のヒマラヤスギが大きく育ちすぎて、遠景が遮られている。ゴミや雑草が目立ち、樹木の大きさのバランスが悪く、周囲の建物や車や自転車など、庭園以外の要素が視界に入る。水の流れがまっすぐ手前から奥へ流れており、視線の動きが単調である。
病院や介護施設などへ応用に期待
今回の研究成果により、美しい日本庭園鑑賞が心を癒す、という事実が科学的に示された。「日本庭園は小さな空間でも造成することができるので、今後は、病院や介護施設などの空間に応用できる可能性がある。若年層の流出等により高齢化が進む長崎においても重要な課題となっていくものと思われる」と、研究グループは述べている。
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・長崎大学 プレスリリース