膵頭十二指腸切除術は明確な適応指針が存在しなかった
富山大学は6月6日、膵頭十二指腸切除術における術後経過不良の予測因子を統計的に解析し、新たな手術適応指針を開発したと発表した。この研究は、同大学術研究部医学系 消化器・腫瘍・総合外科の木村七菜病院助教、藤井努教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Annals of Gastroenterological Surgery」にオンライン掲載されている。

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膵頭十二指腸切除術は、膵臓がんや胆管がん、その他の膵臓腫瘍、十二指腸腫瘍などに対して行われる手術。この手術は、体の重要な血管や臓器、神経が集中する場所で行われるため、腹部手術の中でも最も高難度とされている。日本のデータベースによると、手術死亡率は約3%、術後重症合併症は30~40%と非常にリスクの高い手術だ。
しかし、実際の診療現場では、手術適応を決めるための明確な指標が存在しないため、医師の印象や主観で手術を行うべきかどうかを決めることが多く、大きな問題とされていた。そこで研究グループは、より安全な手術を行うための指標を決定することを目的として研究を開始した。
患者データを用いて術後経過不良と関連する因子を探索
今回の研究では、手術死亡率だけでなく、手術後の重症合併症、手術による日常生活動作(ADL)の低下、自宅以外(施設など)への退院を「術後経過不良」と定義し、同大で膵頭十二指腸切除術を行った65歳以上の311人の患者データを統計解析した。
解析には、身長・体重・BMIや喫煙歴、心臓疾患・肺疾患の既往、手術時間や出血量などの周術期データだけでなく、日本のNational Clinical Database(NCD)のRisk Calculator(リスクカリキュレーター)の予測値、米国外科学会のRisk Calculatorの予測値、3D画像解析システム「SYNAPSE VINCENT」で計測した内臓脂肪や腸腰筋などの体組成情報など、リスクに関与すると思われる45因子を用いた。
術後経過不良と関連する2因子を特定、併せ持つと発生率100%
解析の結果、NCDのRisk Calculatorから算出される2つの因子が「術後経過不良」と強く関連することが判明した。一つは「術後ADL低下の予測発生率が44.8%以上」、もう一つは「Clavien-DindoグレードIV(ICU管理を要する生命を脅かす合併症)以上の予測発生率が9.2%以上」だった。これら2つの因子を持って手術を行った場合、術後経過不良の発生率は100%、1つの因子の場合は47.4%、どちらもない場合は15.7%という結果だった。
高齢者では術前の腸腰筋CT値濃度も術後経過不良と関連
今後の高齢化社会において重要かつ必要なのは、高齢者の手術適応である。同研究では、78歳以上を高齢者と定義して、同様の解析を行った。その結果、「術後経過不良」に大きく関わる因子として、1)術後ADL低下の予測発生率が40.6%以上、2)Clavien-DindoグレードIV以上の予測発生率が9.2%以上、3)手術前の腸腰筋CT値濃度が38.7未満、の3つが明らかになった。
膵臓外科手術の安全性を高める世界初の指針、導入後は手術死亡率ゼロを達成
今回の研究で示された基準を手術適応判断に導入することで、膵頭十二指腸切除術の安全性向上が期待される。この基準を満たさない場合は、改善策を講じた上で手術を行う、または手術以外の治療方法を検討することが望ましいと考えられる。
「当院では、この指針を踏まえた手術を徹底した結果、過去4年間の膵頭十二指腸切除術約270例において手術死亡率ゼロを達成している。今後は、がんの根治を目指すと同時に、『手術の安全性』を追求した研究をさらに推進する」と、研究グループは述べている。
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