医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 頭部外傷の遅発性脳障害を引き起こすタウタンパク質の可視化に成功-量研ら

頭部外傷の遅発性脳障害を引き起こすタウタンパク質の可視化に成功-量研ら

読了時間:約 3分8秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2019年09月04日 PM12:00

存命中に診断することが不可能な「遅発性脳障害」

量子科学技術研究開発機構は9月2日、頭部外傷により引き起こされる遅発性脳障害の原因である脳内タウタンパク質(以下タウ)の蓄積をさまざまなタイプの頭部外傷患者の生体内にて可視化することに成功したと発表した。この研究は、量研量子医学・医療部門放射線医学総合研究所脳機能イメージング研究部の高畑圭輔研究員が、慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の三村將教授らと共同で行ったもの。


画像はリリースより

コンタクトスポーツなどによる頭部への反復性の打撃や重度の頭部外傷は、数年~数十年後に進行性の神経変性疾患を引き起こすことがあり、遅発性脳障害と呼ばれている。死後脳を用いた神経病理学的検査により、頭部外傷による遅発性脳障害は、脳内にタウが過剰に蓄積するタウオパチーの一種であることがわかっている。

現在、頭部外傷による遅発性脳障害は、各国で極めて深刻な社会問題となっている。その最大の理由は、これまで遅発性脳障害を引き起こすタウの蓄積を生体内で検出する技術が存在しなかったために、存命中に診断することが不可能という点にある。そのため、遅発性脳障害に対する早期介入の実現が困難となり、治療法の開発に向けた取り組みにおいても大きな障壁となっていた。かつて遅発性脳障害はコンタクトスポーツの中でも頭部に激しい打撃を受けるボクサーなどのみに引き起こされるものと信じられていたが、近年の報告によると、アメリカンフットボールや格闘技など、従来考えられていたよりもはるかに多くのコンタクトスポーツで引き起こされるという事実が明らかにされている。

これらの問題が、コンタクトスポーツや頭部外傷のリスクを伴う職業に従事する人々に大きな懸念をもたらしていることから、研究グループは、頭部外傷によって引き起こされる遅発性脳障害の原因となる脳内タウの蓄積を生体内で捉える診断技術の開発に向けた研究を開始した。

新技術により、脳内のタウ蓄積が遅発性脳障害の精神症状に関与していることが判明

ボクシングだけでなくレスリングや格闘技などのコンタクトスポーツに従事していた人に加え、交通外傷や転落による重度頭部外傷の既往のある人など、幅広いタイプの頭部外傷の既往をもつ人に対して、量研が開発した生体脳でタウを可視化するポジトロン断層撮影()検査を行い、脳内のタウ蓄積量を測定。頭部外傷患者(27人)と、同年代の健常者15人より得られたデータを解析の対象とした。なお、頭部外傷患者群の最初の受傷からの期間は平均で約21年だった。また、操作的診断基準に基づいた評価により、頭部外傷の患者群の約半数(14人)が、遅発性脳障害の症状を有すると診断された。

PET検査の結果、頭部外傷患者では脳内の灰白質(側頭葉、後頭葉)や白質(前頭葉、側頭葉、後頭葉)などの脳部位にタウ蓄積が認められました。タウの蓄積量は、反復性軽度頭部外傷と重度単発頭部外傷患者で差はなかった。

次に頭部外傷患者を、遅発性脳障害による症状の有無により2群に分けて比較した。その結果、遅発性脳障害の症状をもつ群は、そうでない群に比べ、大脳の白質においてより多くのタウ蓄積を認めることが判明。特に、灰白質との境界に接する白質表層部において、より多くのタウ蓄積が認められたことは、これまでに報告されてきた神経病理学的知見とも一致するという。さらにタウ蓄積と各種の臨床症状との関連を調べた結果、白質のタウ蓄積量が多いほど、幻覚や妄想などの精神病症状が重度となる傾向が明らかとなった。

最後に、11C-PBB3が頭部外傷によって引き起こされた脳内タウ沈着物に結合していることを確認するために、今回PET検査を行った症例とは異なる、すでに亡くなっている慢性外傷性脳症患者の脳標本を用いて、脳内のPBB3結合と脳病理の関連を検討した。その結果、慢性外傷性脳症患者の脳内に蓄積したタウの凝集体にPBB3が結合していることが確認された。

イメージング剤の改良や診断制度の向上で、遅発性脳障害の治療法開発を目指す

今回の研究結果は、脳内のタウ蓄積が遅発性脳障害の精神症状に関与していることを幅広いタイプの頭部外傷で初めて示しただけでなく、量研が独自に開発したイメージング剤を用いた脳内のタウ蓄積の評価が、多様な頭部外傷により生じた遅発性脳障害の客観的指標になり得ることを明らかにしたもの。アルツハイマー病などの認知症では、タウ蓄積を標的とした根本的な治療薬の開発が進められ、複数の臨床試験も実施されており、頭部外傷後の遅発性脳障害を早期に診断することが可能となれば、このような新しい治療法が適用できるようになると見込まれる。

研究グループは、「今回の成果を受けて、現在我々は遅発性脳障害の診断精度を高めるために生体内のタウを可視化するためのイメージング剤の改良を進める研究を行っている。また、PETの所見と死後脳の検査結果とを直接比較する画像病理相関による検証を行うことで、頭部外傷による遅発性脳障害の診断精度を向上させることが期待できる。こうした取り組みにより、頭部外傷による遅発性脳障害に対する治療法の開発を加速させたいと考えている」と、述べている。(QLifePro編集部)

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 肝線維化の治療薬候補を同定、iPS細胞から誘導の肝星細胞で-東大ほか
  • 「ストレス造血時」における造血幹細胞の代謝調節を解明-東北大ほか
  • 食道扁平上皮がんで高頻度のNRF2変異、がん化促進の仕組みを解明-東北大ほか
  • 熱中症搬送者、2040年には日本の都市圏で2倍増の可能性-名工大ほか
  • 日本人がアフターコロナでもマスク着用を続けるのは「自分がしたいから」-阪大ほか