固形がんでRNAスプライシング異常が起こるメカニズムは未解明だった
国立がん研究センターは11月14日、CMTR2遺伝子に変異があるがん細胞は、RNAスプライシング機構を抑制する化合物や、免疫チェックポイント阻害薬に高い感受性を示すことをマウスを用いた実験により明らかにしたと発表した。この研究は、同センター研究所ゲノム生物学研究分野の中奥敬史ユニット長、河野隆志分野長、慶應義塾大学医学部内科学(呼吸器)額賀重成助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。

画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
ヒトの体は、遺伝情報が書かれた「DNA」に基づいて作られる「タンパク質」によって成り立っている。タンパク質を作るため、細胞の中ではDNAの情報を転写した「RNA」が合成され、さらに中間物質である「メッセンジャーRNA(mRNA)」が作られる。mRNAはRNAの先端に「キャップ」をつけ、タンパク質合成に必要な情報だけをつなぎ合わせる「RNAスプライシング」を経て完成する。「CMTR2遺伝子」は、このキャップ構造を安定化させるためのCap2修飾を行う酵素の遺伝子として考えられてきた。
近年、白血病などの血液がんでは、特定の遺伝子の変異に伴い「RNAスプライシング」にミスが生じ、がん化を促すことがわかってきた。これを「RNAスプライシング機構の異常」と呼ぶ。しかし、肺がんなどの固形がんにおいては、どのようなメカニズムでRNAスプライシング機構の異常が引き起こされるのかは不明だった。
1,000例以上の肺がんを解析、3.8%にCMTR2遺伝子変異を確認
研究グループは、同センター中央病院で手術により摘出された1,000例を超える肺がんのDNAとRNAの配列情報を解析した。その結果、全体の3.8%でCMTR2遺伝子に変異があり、CMTR2変異のある肺がんは他とは異なるRNAスプライシングのパターンを持つことが明らかになった。
今回見つかったCMTR2遺伝子変異の大部分は、遺伝子の機能を失わせるタイプ(短縮型変異)であり、喫煙歴のある肺腺がんの患者により多く見られた。さらに、CMTR2変異を持つがんでは、さまざまな遺伝子のRNAスプライシングに異常が起きていることがわかった。
変異によるスプライソソームとの相互作用破綻が原因と判明
CMTR2遺伝子は、mRNAの完成に先んじて、RNAに付加される「キャップ(Cap)」と呼ばれる保護構造に「メチル化」という化学修飾を行う。しかし、CMTR2遺伝子とRNAスプライシング異常の関係は知られていなかった。
そこで、ゲノム編集技術を用いて人工的にCMTR2遺伝子を破壊したところ、患者のがんで見られたように、スプライシング異常が生じた。精製タンパク質を用いた結合実験により、CMTR2タンパク質がスプライシングを行う分子装置(スプライソソーム)と相互作用する一方、変異したCMTR2タンパク質では、この相互作用が失われていた。この相互作用の破綻により、広範なスプライシング異常が生じると考えられた。
RNAスプライシング阻害剤と免疫チェックポイント阻害薬に対し高い感受性示す
研究グループは、CMTR2変異により引き起こされるRNAスプライシング機構の異常が、がん細胞にとって治療が効きやすい「弱点」になると考え、マウスを用いた実験を行った。その結果、CMTR2変異を持つがん細胞は、RNAスプライシング阻害剤と免疫チェックポイント阻害薬に対して高い感受性を示すことを見いだした。
RNAスプライシング阻害剤は、RNAスプライシング機構の異常を誘導することでがん細胞を攻撃する化合物である。マウスの実験や患者由来の培養がん細胞の実験において、CMTR2変異がん細胞は、RNAスプライシング阻害剤「インディシュラム」により、効率よく増殖が抑制された。元々、RNAスプライシング異常を起こしているCMTR2変異がん細胞は、RNAスプライシング阻害剤によるさらなるRNAスプライシング異常の誘導に耐えられないからであると推察された。
免疫チェックポイント阻害薬である抗PD-1抗体は、マウスの実験で、CMTR2変異がん細胞に対して高い治療効果を示した。さらに、臨床データを解析したところ、CMTR2遺伝子に変異のある肺がんの患者では、免疫チェックポイント阻害薬「ペンブロリズマブ」により、治療開始前と比較して約60%の腫瘍の縮小が見られていた。RNAスプライシング機構の異常を起こしているCMTR2変異がん細胞は、免疫細胞の攻撃を受けやすくなっていると考えられた。
治療効果の予測への活用や、新たな治療薬開発に期待
今回の研究により、肺がんにおいてmRNAが作られる過程の異常とがんを結びつける、全く新しい仕組みが明らかになった。この成果により、今後は、肺がん患者の手術や検査で得られた組織のCMTR2遺伝子を調べることで、スプライシング阻害剤や免疫チェックポイント阻害薬の治療効果を精度よく予測できる可能性がある。
「CMTR2遺伝子の異常が引き起こすRNAのスプライシング機構の異常は、がん細胞にとってのアキレス腱(脆弱性)でもあるため、この弱点を標的とした、さらに効果的な治療薬の開発にもつながることが期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・国立がん研究センター プレスリリース


