分子標的薬治療が未確立の肺扁平上皮がん、NSD3遺伝子増幅の臨床的重要性を解析
国立がん研究センターは10月31日、肺扁平上皮がんにおける新規治療標的の候補であるNSD3遺伝子増幅の臨床的な意義を、患者がん組織を用いて明らかにしたと発表した。この研究は、同センター東病院の高橋秀悟医師、滝哲郎医員、順天堂大学の林大久生准教授、鈴木健司主任教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Thoracic Oncology」に掲載されている。

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肺がんは日本で最も死亡者数が多いがんの一つであり、「非小細胞がん」と「小細胞がん」の2つに大きく分類され、非小細胞がんが約8~9割を占めている。非小細胞肺がんは、さらに細かくタイプがわかれており、代表的なタイプとして「腺がん」や「扁平上皮がん」がある。扁平上皮がんは肺がん全体の約3割を占め、喫煙との関連が強いがんの一つである。肺がんの中でも肺腺がんという別のタイプでは、治療標的となる多くの遺伝子異常が発見されているが、一方で肺扁平上皮がんでは、治療標的となる遺伝子は非常に限られており、分子標的薬による治療は確立されていない。このため、現在の治療は主に化学療法や免疫療法が中心であり、患者ごとの遺伝子変化に基づく個別化治療は、まだ十分に進んでいないのが現状である。
近年、基礎研究では「NSD3」という遺伝子の増幅が、肺扁平上皮がんの成長を促す可能性が報告されていたが、ヒトの臨床検体を用いた解析は限られていた。そこで今回の研究では、国立がん研究センター東病院と順天堂大学が連携し、手術で得られた肺扁平上皮がんの組織を用いて、NSD3遺伝子の状態と病理学的特徴、臨床経過との関係を包括的に解析した。
肺扁平上皮がん患者約280例の手術検体を解析、約4割でNSD3遺伝子の増幅確認
今回の研究では、2010年から2023年に手術を受けた肺扁平上皮がん患者約280例の手術検体を解析した。蛍光in situハイブリダイゼーション法(FISH法)で「NSD3」遺伝子の増幅の程度を調べたところ、約4割(39.6%)の症例でNSD3遺伝子の増幅が確認された。
NSD3遺伝子増幅によるタンパク質発現上昇、がん細胞増殖に寄与と判明
免疫染色による病理学的解析では、NSD3遺伝子の増幅とNSD3タンパク質発現量の上昇が対応しており、遺伝子レベルの変化が実際にタンパク質発現にも影響を及ぼしていることが示された。また、NSD3の増幅を持つがんでは、細胞分裂像や増殖マーカー(Ki-67)の値が高く、がん細胞の増殖能が高いことが確認された。
AI画像解析ソフトを用いた定量評価でも同様の傾向が示され、NSD3遺伝子増幅がタンパク質発現を増やし、腫瘍増殖に寄与している可能性が示唆された。
手術後予後との関連も明らかに
手術を受けた患者のうち、NSD3の増幅を持つ患者群では、非増幅群と比べて手術後の生存期間が短いことがわかった。統計解析の結果、NSD3増幅は肺扁平上皮がんの手術を受けた患者の予後に悪影響を及ぼす因子(ハザード比1.59、p=0.049)であることが明らかになった。
他施設検体による検証実施、同様の傾向を確認
さらに、順天堂大学171例および国立がん研究センター111例の別コホートを用いた解析でも、上記の解析結果と同様の傾向が再現された。これにより、NSD3遺伝子増幅と臨床経過の関連が異なる施設・検体でも一貫して認められることが確認され、研究結果の再現性と信頼性が裏づけられた。
これらの結果から、NSD3遺伝子の増幅は肺扁平上皮がんの約4割に認め、NSD3タンパク質発現の増加と関連することが明らかになった。また、がんの進行と予後に深く関わる遺伝子異常であることがわかり、今後この遺伝子異常を標的とした新しい治療法の開発につながる可能性が示された。
治療方針の指標としての活用のほか、治療標的としての応用にも期待
今回の研究により、NSD3遺伝子の増幅が肺扁平上皮がんの進行や予後に関係していることが、患者の手術検体解析から明らかになった。今後、この遺伝子の状態を調べることで、治療方針を決めるための新たな指標として活用できる可能性がある。
さらに、NSD3を標的とした新しい薬(BET阻害薬など)の開発も進められており、治療標的としての臨床応用にも期待が寄せられる。「今回の成果は、基礎研究から臨床へと橋渡しを行う”トランスレーショナルリサーチ”の成果であり、肺がん医療の新たな展開に貢献するものである」と、研究グループは述べている。
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・国立がん研究センター プレスリリース


