積極的接種勧奨「再開」も副反応に対する不安は払拭されず、接種率は低いまま
近畿大学は10月30日、子宮頸がんの予防に用いられるヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの「副反応」仮説の根拠とされていた研究論文について、マウスを用いて検証を行い科学的に反証したと発表した。この研究は、同大医学部産科婦人科学教室の城玲央奈助教、松村謙臣主任教授、微生物学教室の角田郁生主任教授を中心とする研究グループによるもの。研究成果は、「Cancer Science」に掲載されている。

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HPVには多くの型があり、中でもHPV16、18型などのハイリスク型が、がんの発症に関与する。一方でHPV6、11型は、尖圭コンジローマという外性器に腫瘤を形成する性感染症を引き起こす。これらのHPVに対し、日本ではHPV16・18型の感染を予防できる二価HPVワクチンと、HPV16・18型に加えてHPV6・11型の感染を予防できる四価HPVワクチンの2種類が、定期接種に用いられてきた。いずれのワクチンにもアルミニウムを含むアジュバント(アルミニウム・アジュバント)が添加されており、二価HPVワクチンにはAS04(水酸化アルミニウム[AH]とモノホスホリルリピドA[MPL])、四価HPVワクチンにはアルミニウムヒドロキシリン酸硫酸塩(AHS)が使用されている。
日本では、ワクチン接種後に精神神経症状などの「多様な症状」が副反応として発生すると話題になった。そのため、ワクチンの安全性が疑問視され、平成25年(2013年)6月に積極的接種勧奨が中止となり、ワクチン接種率は対象者の1%に満たない状態が続いた。その後、HPVワクチン接種の有無で副反応の発症頻度に差がないことが報告され、令和4年(2022年)4月に積極的接種勧奨が再開されたが、HPVワクチンの副反応に対する人々の不安は払拭されておらず、接種率は低いままとなっている。
マウスを用いた動物実験で、HPVワクチン副反応の根拠論文を検証
HPVワクチンに対する不安が払拭されない要因の一つに、現在も継続しているHPVワクチンの薬害訴訟がある。訴訟では、HPVワクチン接種後に精神神経症状が生じる理論的証拠として、動物実験を含む基礎研究の論文が挙げられている。研究グループは、これらの論文に対して方法論の誤り、結果の論理的な合理性の欠如などを指摘し、副反応の科学的根拠としては不適であることを先行研究で報告した。これまでは観察的な報告が中心だったが、今回はマウスを用いた動物実験で、婦人科がん・神経免疫・微生物学の専門家の観点から、HPVワクチンの副反応の根拠とされる論文について検証した。
二価/四価HPVワクチン/共通するアジュバントを含むワクチンをマウスに接種
副反応の仮説の一つに、アジュバントが神経障害を引き起こすという報告がある。この仮説では、「アルミニウム・アジュバントを接種すると、同部位の筋肉に炎症を起こし、この筋肉の炎症が何らかの機序で全身の臓器と脳に炎症を来たし、神経障害が起こる」としており、新しい病気として「マクロファージ性筋膜炎(MMF)」と呼称されている。研究グループは、HPVワクチン接種により「MMF仮説」通りに臓器の炎症と神経障害が生じるかどうかを検証するために、二価HPVワクチンと四価HPVワクチン、またそれらのワクチンと共通するアジュバントを含むワクチンをマウスに接種し、顕微鏡上の変化と免疫学的変化を観察した。
まず、マウスを二価HPVワクチンと四価HPVワクチン、2種類のB型肝炎ウイルスワクチン、あるいはアジュバントAS01(MPLとQS-21)を含む帯状疱疹ウイルスワクチン群に分けて、ワクチンを筋肉内注射した。4週間ごとに計3回接種を行い、経時的に血液を採取し、最終接種から4週間後にマウスを解剖し、脳・脊髄、筋肉、心臓・肝臓・腎臓などの全身臓器を回収した。
危険視されてきたHPVワクチンのアジュバント、炎症や神経系の異常に関与しないことを証明
注射部位の筋肉を観察したところ、4つのアルミニウム・アジュバントを含むワクチン群全てで、注射部位の筋肉にアルミニウムを取り込んだマクロファージが認められた。一方で、アルミニウム・アジュバントを含まない帯状疱疹ウイルスワクチン群では、注射部位の筋肉には同様の所見は見られなかった。なお、アルミニウム・アジュバントを含む群ではマウスの脳に炎症や病的な変化は認められず、心臓、肝臓、腎臓を含む他の臓器にも炎症は認められなかった。また、経時的に採取した血液中のサイトカインを測定したところ、アルミニウム・アジュバントを含むワクチン群でインターフェロン(IFN)-βを含む複数のサイトカインの血液濃度が変化したものの、筋肉の炎症との関連はなかった。さらに、過去にはHPVワクチン接種によって、ミクログリア(脳内のマクロファージ系の細胞)の活性化や第三脳室の狭小化が生じるという報告や、ワクチンにより生じた抗体が海馬に沈着するという報告があったが同研究ではそれらの所見は否定された。
AS01中のQS-21が体重減少の原因と判明
また、ワクチン接種マウスの体重変動の観察を行ったところ、アルミニウム・アジュバントを含むワクチン群では異常はなかったが、帯状疱疹ウイルスワクチン群は、接種後に一時的な体重減少が見られた。この群の体重減少は、インターロイキン(IL)-18を含むサイトカイン濃度の上昇と関連していたことから、IL-18受容体欠損マウスに帯状疱疹ウイルスワクチンを接種したところ、IL-18受容体欠損マウス群では、野生型のマウスと比較して体重減少が抑えられた。さらに、同じアジュバントを含むRSウイルスに対するワクチン、あるいはAS01のみをマウスに注射したところ、同様に体重減少が生じた。これらの結果から、IL-18とAS01が体重減少の原因であることが示された。しかし、二価HPVワクチン群では体重減少が見られなかったことから、帯状疱疹ウイルスワクチンと二価HPVワクチンに共通して含まれるMPLではなく、QS-21が体重減少の原因であることが明らかになった。
HPVワクチンのMPL成分、炎症や神経障害との関連を否定
これらの結果から、MMFとして報告されてきた筋肉の炎症は、アルミニウム・アジュバントを含むワクチンの接種により誰にでも起こる変化であり、全身臓器の炎症や神経障害と関連性はないことが証明された。さらに、AS04(AHおよびMPL)を含む二価HPVワクチンの注射では体重減少が起こらなかったことから、AS01中のMPLではなくQS-21が体重減少の原因であり、二価HPVワクチンに含まれるMPLが安全であることが示された。
接種率向上への貢献に期待
今回の研究成果により、HPVワクチン接種および含まれるアジュバントが精神神経症状を引き起こすというMMF仮説は否定された。これは、HPVワクチンの安全性を支持する科学的根拠となり、ワクチンに対する不安が払拭され、接種率の向上へ貢献することが期待される、と研究グループは述べている。
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・近畿大学 プレスリリース


