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インスリン産生膵β細胞の正常化に「IGF2R」が関与-群大ほか

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2025年10月17日 AM09:20

膵β細胞の数や機能を正常に保ち、機能を強め、再生させるような方法が求められている

群馬大学は10月6日、インスリン産生膵β細胞を調節する受容体の役割を解明したと発表した。この研究は、同大生体調節研究所 代謝疾患医科学分野の白川純教授らと、ハーバード大学医学部ジョスリン糖尿病センターなどの共同研究グループによるもの。研究成果は、「American Diabetes Association」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

ヒトの体は食事を取ると血液中のブドウ糖、いわゆる血糖値が上昇する。その血糖値を下げて体の中のエネルギーとして利用できるようにする役割を担っているのがインスリンである。インスリンは、膵臓の膵島という組織に存在している膵β細胞から作り出され分泌される。糖尿病は、このインスリンの分泌や働きに問題が生じることで起こる。特に、1型糖尿病では免疫の異常などによって膵β細胞そのものが破壊され、インスリンがほとんど作られなくなる。また、2型糖尿病ではインスリンの効きが悪くなるインスリン抵抗性とともに、膵β細胞数の減少や働きの低下により、インスリンの分泌も足りなくなっていく。従って、糖尿病を根本的に防いだり治療したりするためには、膵β細胞の数や機能を正常な状態に保ち、さらには機能を強め、できれば再生させるような方法が求められている。

細胞の中では、日々タンパク質やミトコンドリアなどの小器官が作られては壊れていくが、その中で古くなった、もしくは異常なタンパク質や小器官を分解して処理する仕組みが必要である。そのシステムのひとつが「オートファジー」であり、細胞内の不要な成分を分解して再利用することで、細胞の恒常性が維持されている。インスリンをたくさん作り出す必要がある膵β細胞は、多くのストレスにさらされており、オートファジーが正しく細胞機能を維持するために不可欠な役割を果たしている。

IGF2R、膵β細胞でのインスリン分泌・増殖への役割は不明

今回の研究では、「IGF2R(インスリン様成長因子2受容体)」という分子に注目した。名前の通り、インスリン様成長因子2(IGF2)というタンパク質と結合する受容体であり、細胞の表面や内部に存在しており、IGF2を細胞表面から取り込み分解する役割が知られている。

一方で、IGF2Rは「カチオン非依存性マンノース-6-リン酸受容体(CI-MPR)」とも呼ばれ、細胞の中で酵素をリソソームに運ぶ働きがある。成長因子であるIGF2は、膵β細胞で作られ、主にIGF1Rという別の受容体を介して膵β細胞の増殖を促す作用が知られており、IGF2Rが膵β細胞のインスリン分泌や増殖などの機能に直接どのような役割を果たしているかは不明だった。

肥満や糖尿病状態になると膵β細胞の増殖や量が減少し、糖尿病が増悪すると判明

そこで、遺伝子改変を行った膵β細胞やモデル動物を使ってIGF2Rの働きを調べた。IGF2Rの遺伝子発現を低下させた膵β細胞や、膵β細胞だけでIGF2Rを欠損させた遺伝子改変マウスでは、細胞表面のIGF2の量が増えることにより膵β細胞の増殖が増大することが示された。一方で、IGF2の低下によりインスリン分泌する能力は低下しており、肥満や糖尿病状態になると逆に膵β細胞の増殖や量が減少し、その結果糖尿病が増悪することが明らかになった。

つまり、実際の生体の中ではIGF2Rがなければ、膵β細胞は肥満や糖尿病といった長期的なストレスに適応できず、さらなるインスリン分泌の不足や膵β細胞量の低下を引き起こすことが示された。

加齢による膵β細胞の機能低下にIGF2Rの働きが関与の可能性

その背景として明らかになったのが「オートファジー」の低下だった。インスリンをたくさん作り出す必要がある膵β細胞は、多くのストレスにさらされており、オートファジーが細胞機能の維持に重要な役割を果たしている。IGF2Rが低下した膵β細胞では、オートファジーにおいて主要な役割を果たすタンパク質の発現量が著しく低下し、オートファゴソームと呼ばれる構造の形成も減少し、オートファジーがうまく働かなくなっていた。

その結果、インスリン分泌が低下するとともに、膵β細胞を増やす力も失ってしまい、インスリンの需要に対応できなくなり血糖値の上昇につながった。この現象は、老齢マウスの膵β細胞でも同様に確認され、加齢とともに膵β細胞の機能が弱っていく背景にもIGF2Rの働きが関わっている可能性が示唆された。

IGF2Rが糖尿病の進行にも深く関与

さらに糖尿病ドナー由来のヒト膵島を調べたところ、m6Aメチル化と呼ばれるエピゲノム修飾が低下していることがわかった。m6Aメチル化は、メッセンジャーRNA(DNAの情報から作られる1本鎖のRNA)の安定性や翻訳効率(タンパク質に作り替えられる効率)を調節する仕組みである。IGF2RのメッセンジャーRNAにおいてこの修飾が減少していたことから、糖尿病ではIGF2Rの機能そのものの低下や、IGF2Rの発現調節異常が、膵β細胞の機能低下に関与している可能性が示された。つまり、IGF2Rは糖尿病の進行に深く関わる分子である可能性がある。

短期的な増殖抑制と長期的なオートファジー維持という多面的な働きが判明

このように、IGF2Rはインスリン分泌、細胞の増殖、オートファジーといった、膵β細胞の正常な機能や適応反応を支えていることが明らかになった。特に興味深いこととして、膵β細胞におけるIGF2Rは、短期的にはIGF2を分解することで細胞の増殖を抑えているように見えるが、長期的にはオートファジーを保つことで膵β細胞を守り、インスリン分泌能や膵β細胞量を正常に維持することを可能にしているという、この分子が一見相反する2つの顔を持っているという点である。これは、複雑な膵β細胞の調節メカニズムの一端を表していると考えられる。特に、糖尿病のように長期的な代謝ストレスがかかる病態では、後者のオートファジーの調節を介した役割が非常に大きいと考えられる。

糖尿病の新規治療法の開発に期待

糖尿病の治療戦略として、インスリンの補充やインスリン抵抗性の改善といった血糖値を改善するこれまでの方法に加え、膵β細胞そのものを守り増やすという根本治療を目指したアプローチが注目されている。その標的分子のひとつの候補としてIGF2Rが浮かび上がってきたことは大きな意義がある。

「IGF2Rはこれまで考えられていた以上に膵β細胞にとって重要な役割を担っており、インスリン分泌、細胞の増殖、オートファジーの維持といった多面的な働きを通じて糖代謝のバランスにかかわっていることが明らかになった。この発見は、糖尿病の新しい治療法の開発につながる可能性を秘めており、今後の研究の進展が期待される」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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