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高齢者の予期的歩行調整能力を簡便に測る「障害物TUG」開発-東京都立大ほか

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2025年10月07日 AM09:10

高齢者の予期的歩行調整能力を簡便に評価できないか?

東京都立大学は9月29日、Timed Up and Go test (TUG)に障害物を追加した「障害物TUG」を新たに開発したと発表した。この研究は、同大大学院人間健康科学研究科の樋口貴広教授、坂崎純太郎氏(大学院生)、同大大学教育センターの児玉謙太郎准教授、埼玉県立大学保健医療福祉学部の中村高仁助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of motor behavior」に掲載されている。


画像はリリースより
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高齢者にとって転倒は重大な健康問題であり、転倒の多くは歩行中の方向転換や障害物回避といった動作中に頻回に発生する。こうした動作を安全に行うためには、事前に環境を認識して歩行を調整する「予期的歩行調整能力」が不可欠である。しかし、高齢者では加齢に伴う感覚機能(固有感覚・前庭機能など)の低下により、予期的歩行調整能力が低下することが知られており、その結果、効率性よりも行動変化を最小限にした1パターンな行動を取りやすくなる。

従来、国際的認知度の高いバランステストであるTUGテストは、立ち上がり・歩行・方向転換・着座といった包括的な動作に要する時間を測定する簡便な方法として、転倒リスク評価に広く利用されてきた。TUGのみでは予期的歩行調整能力を直接的に捉えることは困難であるものの、その動作構成には予測的調整を必要とする要素が多く含まれており、工夫次第で予期的歩行調整能力を評価できる可能性を秘めていた。

新たに「障害物TUG課題」考案、高齢者38人/若齢者24人を対象に実施

そこで今回の研究では、高齢者がどのような戦略で歩行環境に適応しているのかを明確に把握できる新たな課題を考案し、高齢者の予期的歩行調整能力低下を直接的に評価できるか検討した。同研究では、高齢者38人、若齢者24人を対象に、新規に考案した「障害物TUG課題」を実施。この課題では、中央のポールの左斜め前に追加のポールを置き、2本の間隔を参加者の肩幅に基づき4段階(0.9倍、1.05倍、1.2倍、1.35倍)で設定した。対象者は「可能な限り早く」椅子から立ち上がり、2つのポール状の障害物を回避し、椅子まで戻ることを要求される。つまり、早く課題を遂行するためには、障害物同士の隙間を通過するか、障害物を迂回するか、といったルート選択をしなければならない。課題は「自由選択条件」と「強制選択条件」で行った。自由選択条件では、参加者が自らルートを判断し、どの程度「通過」あるいは「迂回」を選ぶかを記録した。強制選択条件では、実験者がルートを指定し、通過と迂回それぞれの所要時間を比較した。この二つを比較することで、対象者がより早く戻れるルートを選択していたかを判断する。その他、歩行動作は三次元動作解析装置を用いて記録し、特に歩幅と歩隔を、ターンの前後4歩にわたって解析した。

高齢者、障害物の隙間通過が容易な場合も「迂回」を選ぶ傾向

障害物TUGの自由選択条件における迂回ルートの選択割合の分析では、高齢者は若齢者と比較し、開口部が十分に広い場合(1.2倍、1.35倍)でも迂回を選ぶ割合が高い傾向が示された。強制選択条件における所要時間の分析では、狭い開口幅(0.9倍、1.05倍)では迂回の方が速く、一方、広い開口幅(1.2倍、1.35倍)では「隙間通過」の方が明らかに所要時間を短い結果となった。この2つの結果を統合して解釈すると、高齢者は、所要時間の短い効率的な「隙間通過」よりも迂回を選びやすい傾向がみられた。

高齢者、条件を問わず狭い歩幅・歩隔を維持する「保守的な戦略」をとる傾向

さらに歩行パターンの解析では、高齢者は若齢者に比べ、通過・迂回いずれの場合も歩幅を短くし、歩隔も狭いことがわかった。若齢者が環境に応じて歩隔を柔軟に調整するのに対し、高齢者は条件を問わず狭い歩幅・歩隔を維持する「保守的な戦略」をとっていた。

「予期的歩行調整能力低下」反映を示唆

以上の結果から、高齢者は所要時間の短い効率的なルートよりも歩行動作の変化量を小さくする「1パターンな回避行動」を優先して選択しており、予期的歩行調整能力低下を反映していることが示唆された。

今後、虚弱高齢者や脳卒中患者など対象を広げた評価へ

同研究の結果、障害物TUGは、高齢者の「効率的なルート(所要時間の短い隙間通過)」より、環境に応じた柔軟な行動選択不要な「1パターンなルート(迂回)」を採用しやすいという特徴を可視化することに成功した。運動学的指標からも若齢者は状況に応じて歩隔を広げるなど柔軟に対応する傾向があるのに対し、高齢者は迂回・通過にかかわらず狭いステップ幅を維持する傾向を示している。これは片脚支持時間を短縮し安定性を確保する戦略の一環と考えられる一方、環境への適応力低下を反映しているといえる。今後は、虚弱高齢者や脳卒中患者など対象を広げることで、障害物TUGを用いた予期的歩行調整能力の低下に基づく転倒リスクの評価や予防への応用が期待される、と研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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