ポストコロナ時代、ワクチン戦略の最適化が求められている
横浜市立大学は9月18日、2,526人のワクチン接種者から成る福島ワクチンコホートの縦断データを解析し、COVID-19mRNAワクチンの追加接種後の血中IgG(S)抗体価動態に、「耐久型」「脆弱型」「急速低下型」という3つの特徴的な集団が存在することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院データサイエンス研究科の中村直俊教授、名古屋大学大学院理学研究科の岩見真吾教授の研究グループと、福島県立医科大学の坪倉正治教授らとの共同研究によるもの。研究成果は、「Science Translational Medicine」に掲載されている。

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ポストコロナ時代において重要な課題の一つが、新型コロナワクチンの継続的な接種である。現在流行している新型コロナウイルスの変異株や、将来的に出現し得る新たな株に備えつつ日常生活を維持していくためには、継続的な接種が欠かせない。限られた医療資源を有効に活用し、効果的な接種体制を構築する上でも、ワクチン接種戦略の最適化は極めて重要となる。
具体的には、ワクチン接種によって誘導される免疫応答の変化を定量的に捉え、抗体価の持続が乏しい反応不良者を再接種の優先対象として適切に特定することが求められる。こうした取り組みは、新型コロナウイルスによる重症化を防ぐだけでなく、ブレイクスルー感染のリスクを低減し、感染者クラスターの発生抑制にもつながると考えられる。
約2,500人のワクチンコホートを数理モデルとAIを用いて解析
今回の研究では、2021年4月から2022年11月にかけて、福島県在住の2,526人を対象に、基本的な人口統計情報および健康情報に加え、抗体価を含んだ各種免疫応答に関連する縦断データを収集・解析した。解析では、同グループが開発した数理モデルとAIを融合させた手法を用いて、新型コロナワクチンの初回2回接種および1回の追加接種後に誘導されるIgG(S)抗体価の動態を検討した。
抗体応答に、耐久型・脆弱型・急速低下型の3つのパターンが判明
その結果、「耐久型」「脆弱型」「急速低下型」という3つの特徴的な抗体応答パターンを示す集団が存在することが明らかになった。
「耐久型」は抗体価が高く誘導され、その後も長期間にわたって維持される集団であり、「脆弱型」は抗体価の誘導が不十分かつ速やかに減衰する集団だった。中でも注目すべきは「急速低下型」で、初期には抗体価が高く誘導されるものの、その後急速に減少していくパターンを示した。こうした抗体応答パターンは初回接種後にも確認されており、追加接種後と比較すると、約半数の被験者が追加接種後も同様の応答パターンを示すことがわかった。
脆弱型・急速低下型は早期ブレイクスルー感染の高リスク群
特定した3つの集団の中でも特に重要なのが「脆弱型」と「急速低下型」である。これらの集団は、他の集団に比べて早期にブレイクスルー感染を経験していることが判明した。
血中IgA抗体価がブレイクスルー感染リスクと関連
さらに、追加接種後にブレイクスルー感染を経験した群と経験しなかった群を比較し、液性免疫の指標であるIgG(S)抗体価およびIgA(S)抗体価と、細胞性免疫の指標であるTスポット数を評価した。その結果、IgG(S)抗体価およびTスポット数には有意な差は認められなかったものの、感染群では、接種後早期におけるIgA(S)抗体価が有意に低いことが明らかになった。
この所見は、粘膜のIgA(S)抗体が感染予防に寄与することを示す従来の報告とも一致し、血中IgA(S)抗体価も粘膜IgA(S)抗体価の高さを反映するバイオマーカーとなることが示唆された。
感染予防戦略の精緻化・効率化に貢献する研究成果、他のワクチンへの応用も可能
同研究は、新型コロナワクチン接種後の抗体応答を大規模縦断コホートデータに基づいて解析することで、個人ごとに異なる免疫応答のパターンを科学的に層別化、理解するための基盤を提供した。特に、抗体価の誘導が不十分かつ速やかに減衰する「脆弱型集団」と、抗体価が高く誘導されながら急速に減少する「急速低下型集団」が、早期にブレイクスルー感染を起こしやすいことを示した点は、感染予防の観点から極めて重要である。
この知見に基づいて、将来的には、ブレイクスルー感染のリスクが高い人を事前に特定できるようになれば、継続的な接種の優先順位や時期を科学的根拠に基づいて判断することが可能になる。これにより、限られた医療資源を効率的に活用しつつ、感染拡大や重症化を抑制できる可能性がある。さらに、IgA(S)抗体価が低い個体ではブレイクスルー感染のリスクが高まる可能性が示されたことから、液性免疫の中でも、IgA抗体の感染予防における役割に新たな注目が集まると考えられる。
「本研究で開発された数理モデルとAIを統合した解析手法は、他のワクチンや将来のパンデミック対応にも応用可能であり、個別化された免疫管理と戦略的なワクチン政策の実現に向けた重要な一歩となるものだ。ポストコロナ時代における感染症対策の精緻化・効率化に大きく貢献することが期待される」と、研究グループは述べている。
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・横浜市立大学 プレスリリース


