自律神経に作用する薬剤では「調節機能」の改善は困難
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は8月13日、人間の耳に聴こえない20kHz以上の超高周波を豊富に含む音(ハイパーソニック・サウンド)が、自律神経の調節機能を高めることを発見したと発表した。この研究は、同センター神経研究所 疾病研究第七部の本田学部長、河合徳枝研究員、城ヶ﨑小都研究生(東京農工大学大学院)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」にオンライン掲載されている。

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ヒトの身体には、暑いときには汗をかいて体温を下げ、寒いときには皮膚の血流を減らして体温を維持するといったように、環境や状況に合わせて身体を最適な状態に導く仕組みが備わっている。こうした柔軟な調節機能を担っている代表的な仕組みの一つが、交感神経と副交感神経から構成される自律神経系である。自律神経の調節機能は、ヒトの身体の恒常性を保ち、健康な状態を維持するうえで重要な役割を果たしているため、この機能が低下すると、環境の変化に心身が適応できなくなり、生活習慣病などのストレス関連性疾患や自律神経失調症の発症につながることが知られている。一方、自律神経に作用する多くの薬剤は、環境や状況とは関係なく、交感神経・副交感神経どちらかの活動を常に「高める」または「抑える」といったように決まった方向に作用してしまうため、自律神経の本質的な役割である調節機能を改善することは困難である。そこで、薬剤以外の何らかの方法で自律神経の調節機能を高めることができれば、環境の変化に柔軟に対応して健康を維持することが可能になり、さまざまな疾患や心身の不調の治療や予防につながると期待される。
研究グループはこうした問題意識のもと、人間を取り巻く情報環境を遺伝子や脳の機能に合わせて適正化することにより、さまざまな病気の予防と治療に迫る情報医学・情報医療を提案し研究開発を行ってきた。その中で、人類の遺伝子や脳が進化のなかでつくられた熱帯雨林の自然環境音や、さまざまな文化圏の音楽には、ヒトの可聴域上限である20kHzを超え100kHz以上に及ぶ超高周波が豊富に含まれるのに対して、都市の環境音やCD・デジタル放送の音声信号にはそうした自然由来の超高周波がほとんど含まれないことを明らかにした。さらに、超高周波を豊富に含み複雑に変化する音は、自律神経系や内分泌系の中枢である中脳や間脳、およびそこから前頭葉に拡がる報酬系神経回路の脳血流を増大させて活性化するとともに、免疫能を高め、ストレスホルモンを低下させ、さらにブドウ糖摂取後の血糖値上昇を抑制する効果などをもつことを発見し、「ハイパーソニック・エフェクト」として報告してきた。
今回の研究では、自然環境音に含まれるヒトに聞こえない超高周波が自律神経に及ぼす影響を、集中と緊張を要する状況とリラックスする状況という2つの異なる状況のもとで、交感神経と副交感神経の活動を同時に計測することにより明らかにした。
健常人40人対象、超高周波音が自律神経に与える影響を2つの状況下で検証
今回の研究では、自律神経の活動に影響する可能性のある病気の治療や薬の服用をしていない健康な参加者40人を対象として、以下の2つの状況のもとで、3つの異なる音を聞いているときの交感神経と副交感神経の活動を計測した。状況は(A)集中と緊張を必要とする認知課題(N-back課題:次々と連続して呈示される刺激が、N個前の刺激と同じか異なるかを答え続ける課題で、適度な緊張と記憶力や集中力を維持することが必要とされる)を実施、そして(B)できるだけリラックスする。聞いている音は(1)超高周波を豊富に含む自然環境音(Full-range sound:FRS)、(2)FRSから20kHz以上の超高周波を除外した音(High-cut sound:HCS)、そして(3)暗騒音のみ(No sound:NS)。
交感神経の活動の指標として皮膚伝導度(交感神経活動が活性化すると値は増加)と鼻尖皮膚温(交感神経活動が抑制されると値は増加)を用い、副交感神経の活動の指標として心拍変動のHF成分(心拍変動に含まれる0.15-0.4Hzの高周波帯域のパワースペクトル密度。副交感神経活動が活性化すると値は増加)を用いた。また、自律神経の機能は年齢とともに低下することが知られているため、全参加者を年齢によって半分に分け、高年齢群(49〜66歳)と低年齢群(21〜48歳)に分けて別々に解析した。
集中時は交感神経・副交感神経を活性化、リラックス時は交感神経を抑制
結果、集中と緊張が必要な認知課題を実施している状況では、超高周波を豊富に含む自然環境音(FRS)を聞いている時は、全く同じ音から超高周波だけを取り除いた自然環境音(HCS)を聞いている時と比較して、交感神経と副交感神経の両方の活動が統計的有意に活性化されることが、高年齢群で示された(皮膚伝導度:p=0.0410:心拍変動HF成分:p=0.0436)。一方、こうした超高周波を豊富に含む音の効果は、低年齢群では認められなかった。
これに対して、リラックスする状況では、超高周波を豊富に含む自然環境音(FRS)を聞いている時は、超高周波だけを取り除いた自然環境音(HCS)を聞いている時と比較して、逆に交感神経の活動が抑制される傾向が、高年齢群で示された(鼻尖皮膚温p=0.100)。交感神経活動の抑制は、全参加者群でも統計的有意に認められたが(p=0.01)、低年齢群では認められなかった。
自律神経が関わる生活習慣病、自律神経失調症などの非薬物療法・予防法開発に期待
自律神経に作用する薬剤は多くあるが、その人が置かれた環境や状況に関係なく、交感神経や副交感神経の活動を常に同じ方向に変化させる薬剤では、自律神経のもつ「環境や状況に合わせて身体の状態を調節する機能」を改善する効果は期待できない。今回の成果は、音という情報環境が、多くの薬剤とは異なるメカニズムによって、自律神経の調節機能を高めたことを示唆している。また、先行研究と今回の研究とを併せて、ヒトの耳に聞こえない超高周波を豊富に含む音がもつ「効いて欲しい人にだけ効く」「効いて欲しい方向に効く」という特徴は、さまざまな原因により低下した生体調節機能を高めることによって発揮されると考えられる。
「今後、自律神経の調節障害が悪影響を及ぼす生活習慣病などのストレス関連性疾患や自律神経失調症、あるいは病気に至らないまでも環境や状況の変化に上手に適応することができないことで引き起こされる心身の不調などを対象とした臨床研究を実施することで、予防効果や治療効果を明らかにしていく予定である。こうしたアプローチは、単に「病気でない状態」をつくるだけでなく、より積極的に「心身に活力が満ちた状態」を導く健康科学の発展に貢献することが期待される」と、研究グループは述べている。
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